映画『劇場版SPY×FAMILY CODE:White』評価・ネタバレ感想! 古き平成の味。ジャンプ漫画のオリジナル映画ってこうでしたよね…。

これがあのSPY×FAMILY???

俺の知ってるSPY×FAMILYと全然違うんですけど???

こんなんじゃまだ原作の良さが1パーセントも分からなくないですか???

ただ、これなんですよ。鬼滅や呪術のおかげで忘れてたけど、ジャンプ漫画のアニオリのクオリティって本当に「「「「これ」」」」なんですよ!!!

 

というわけで『劇場版SPY×FAMILY CODE:White』を観てきた。仕事終わりのレイトショーだがほぼ満席。客層はお一人様の方もいれば家族連れも山ほどという感じ。原作初期の頃から「絶対流行るだろこれ」と思いながら読んでいたけれども、実際にこのファン層の分厚さを目の当たりにすると感慨深いものがある。今年はアニメの2期に展覧会など、SPY×FAMILYにとって重要な1年となった。その2023年を締め括るのがこの劇場版。原作者の遠藤先生も関わっているとのことでかなり期待値も高めにしてたのだが、まんまと裏切られてしまった。よく読めば遠藤先生は監修とキャラクターデザインとしてクレジットされているだけであり、物語の細部にまでこだわったようではない。それを知って納得がいった。この映画、SPY×FAMILYの原作者が作ったなどとは到底考えられないのだ。

 

今回の劇場版は原作にはないアニメオリジナルの物語。イーデン校で行われる調理実習でステラを獲得するため、フォージャー家はメレメレを作ることに。本場の味を確かめるべくフリジスへと家族旅行に向かう。しかし道中、アーニャが怪しげなトランクケースに入っていたチョコレートを飲み込んでしまい、ヨルはロイドの浮気現場を目撃したことで葛藤、ロイドにもオペレーション・ストリクスの担当変更の指令が。映画としてのヒキはやはり、「家族旅行」と「仮初の生活が終わろうとしている」という点だろう。もちろん原作に支障が出るようなことはしないので、アーニャがステラを獲得することもなければフォージャー家の生活が終わることもない。原作既読勢、いやおそらく未読勢のほとんども、その点を理解した上で観る映画なのだと思う。しかしあまりに、あまりに偽物すぎる。SPY×FAMILYであってSPY×FAMILYでない。動いているキャラクターは確かに彼等なのに、とんでもない違和感が映画を通して存在していた。

 

まずSPY×FAMILYの魅力の話をしよう。SPY×FAMILYの特徴を端的に言うと、とんでもない勘違いから生まれるとんでもない暴走に感動させてくる物語だと思う。スパイ、殺し屋、超能力者という凄腕一家なのに全員が何故か真面目に勘違いをしてしまい、自分の正体を家族に隠しているが故に平常心を装って大真面目に馬鹿なことをしなければならない。しかしその先にあるのは磐石な感動であり、仮初だったはずの家族がいつの間にか本物になりつつある暖かさや、各キャラクターの本音から滲み出る人の良さがSPY×FAMILYの魅力と言えるだろう。

 

原作を読んだ時はこの王道コント感を楽しんでいたのだが、この劇場版を観て王道コント感を出せる遠藤先生って本当に凄いんだな…と改めて思い知らされた。「なんでそんな勘違いすんだよ!」という微笑ましさがほとんどなく、ギャグのテンポやキレもかなり悪い。良し悪しは人それぞれかもしれないが、原作やテレビアニメ版とは明らかに異なっている。これはテレビアニメ版を担当した古橋監督ではなく、片桐崇監督にバトンタッチしたのも大きいかもしれない。アニメの時は一切思わなかったのだが、明らかにギャグがサムい。アーニャ達のアニメっぽさは一つ間違えればかなりイタい演出になってしまうし、それを知らない人と隣り合う映画館という空間で浴びるのは自分にはかなり苦行なのだが、それ以前の問題でセリフの入れ方やテンポがかなり悪い。本当に笑わせる気ありますか?と問いたくなるようなモタモタしたギャグ描写ばかりで退屈してしまった。

 

ただそれ以前に、物語の方向性が全然定まっていないことが気になった。ロイドはオペレーション・ストリクスに終わりが近づいていることを知り、ヨルはロイドが浮気していると勘違いしたことでこの関係を終わらせるべきなのかと葛藤し、アーニャは悪人達が狙っているマイクロチップを飲み込み追われることになり、更には一家はステラを取るために調理実習の練習をしなければならない。このように各キャラクターがそれぞれ役割を持ちながら、それが全く一つに集約されないのだ。これが序盤で一気に出された時には、フォージャー家が終わってしまうことについて悩む、ストレートなSPY×FAMILYをやるのかなあと思っていた。しかしロイドは映画の中で家族関係が終わることの懸念などほぼせず、ヨルの勘違いも勝手に酔っ払ってロイドに問い詰めたことであっさりと片付いてしまう。アーニャが巻き込まれた大事件でさえ、物語の中盤ではほぼ忘れられており、最後にとってつけたかのような仕上がり。もっと言うと調理実習に関してもまどろっこしい。調理実習でメレメレを作りたくて練習したいからフリジス地方へ…ってその回りくどさは何??普通にフリジスにおでけけだ〜でいいだろ。しかもメレメレを作るって話で敵のせいで店の最後のメレメレが食べられなかった〜って流れまでやっておいて、最後にメレメレを食べる描写はなし。う、うそだろ…どう考えてもアーニャがメレメレを食べるハッピーエンドで終わると思って観てたので呆気に取られた。脚本の大河内一楼さんは『コードギアス』なども書いている人だしこんなことは言いたくないが、もしかするとSPY×FAMILYを全く知らないまま抜擢されたのかもしれない。それくらい再現度が低い上に、映画の根幹が分からない。伝えたいテーマとかはなくてもよいのだけれど、ただ要素だけ散りばめて収斂の仕方が雑なこの映画、SPY×FAMILY劇場版としてのクオリティはかなり低いと思う。

 

マイクロチップを飲み込んでしまったアーニャがフリジス地方で何度も敵に襲撃されて、よく分からないけど戦って勝っちゃうヨルとか、全てを知ってるけどアーニャを不安にさせないために奔走するロイドとか、ロイドの心を読んで迷惑にならないために1人で頑張っちゃうアーニャとか、そういう「王道」の面白さに振り切って全然よかったはずなのに、アクションすらほぼないままダラダラと物語が進んでしまう。こんなので110分画面に釘付けになっていろというのか。無理だ。無理がある。ロイドがメレメレの具材集めるだけで何分も掛けるような映画。もっとスタイリッシュにやってくれてよかったし、何ならリキュールだけが足りないでも全然よかっただろう。

 

やはり1番キツいなあと思ったのはロイドの扱い。物語の主人公であるロイド・フォージャーの魅力は完璧主義かつ実際完璧で何でもこなせるというスーパーヒーロー感もだが、ヨルやアーニャなどの身近な人間の心の動きに関してかなり鈍いポンコツでもあるところだと思っている。ヨルやアーニャがちょっと不機嫌なだけで任務に危機を感じ必死に家族の仲を取り持とうとするそのポンコツさに人間性が滲み出る。ロイドは完璧な人間ではないが、それを知るのは神の視点で物語を楽しむ私たちだけなのだ。しかしこの映画では、ロイドが慌てるような場面はほとんどない。フィオナがホテルに訪ねてきた時くらいだろうか。何故か本当に完璧人間として描かれてしまったロイド。この違いは映画と原作でかなり大きいように思う。もっと言えばSPY×FAMILY初見さん用のオープニングの迫力もなんか物足らないし、せっかく髭男と星野源が曲作ってくれてるのにどっちもラストに一纏めってどうなのだろう…。アニメーションっぽさがまるで足りてないというか、中盤まで実写かというくらいに動きがなかったのが残念。さすがに飛行船でのバトルは迫力があったが、それまでのモヤモヤを全て吹き飛ばせるほどではなかった。

 

正直、SPY×FAMILY云々の前に、1つの映画として全然まとまりがなかったので何をどう観ていいか分からなかった。でも2000年代のジャンプ漫画の映画化ってそうそうこれくらいのクオリティだったよね(特にNARUTOとか)…と妙な懐かしさも生まれている。とはいえヒットするのは間違いないし、SPY×FAMILYは今のところ永遠に原作に支障をきたさない映画作りができる作品なので、これが次回作に繋がればいいなあと期待している。