映画『身代わり忠臣蔵』感想 めちゃくちゃ笑った首ラグビー

数か月に一度公開されるコメディ風の時代劇映画がかなり好きになってきている。直近だと神木隆之介の『大名倒産』だろうか。戦が云々という血生臭い話よりも会話劇の面白味に注力したり、展開のテンポが早かったりと、時代劇に馴染みのない若者にも受け入れてもらえるようにという努力が垣間見えるし、実際それが自分にはとてもハマっているような気がする。私は時代劇が地上波で覇権を取っていたような時代に生まれていないし大河ドラマを観る習慣もないので本当に歴史ドラマに疎い。忠臣蔵についてもこの映画で赤穂浪士のことだと知った。単語自体は聞いたことがあっても、それが歴史上のどの出来事なのかを結び付けることができていない。きっと上の年代なら忠臣蔵と聞いただけで題材にした代表作をいくつも挙げることができるのだろう。何なら『身代わり忠臣蔵』と聞けばある程度この物語の筋を理解できてしまうのかもしれない。

 

ひとまず原作をと思い、土橋章宏先生の小説を読む。『超高速!参勤交代』もタイトルだけは知っていたので、界隈では有名な方なのだろうなあと何となくフワッとした先入観を持って読んだ。思えば時代小説を読むのは初めてかもしれない。そこで忠臣蔵赤穂浪士の物語だと分かり、ネットで忠臣蔵の基礎知識を入れながらも1日で読破してしまった。素直に面白い。重要な登場人物のうち2人が女好きということもあってちょっと下世話な部分が多いかなという感想は抱いてしまったが、結果的に対立する立場にあった2人の友情の物語へと帰結していく様は読んでいて清々しかった。歴史上の出来事を基にした作品は史実をどう解釈するかという点も大きなポイントだと思うのだけれど、赤穂浪士についてほとんど知らない私でも、これがかなり大胆な作品であることは分かった。吉良上野介は実は最初に死んでおり、身代わりだった…というのは、忠臣蔵をよく知る人々にとってはとても目新しい導入なのだろう。

 

正直映画館でリラックスしながら2時間近く過ごせればいいかなという軽い気持ちで向かったので、実際映画を鑑賞してかなり驚いた。原作と…全然違う…!!!しかもエンドクレジットを見れば脚本も原作の土橋先生が担当している…!原作にかなり大胆なアレンジを加えたなあこっちのほうが好みかもなあ映像向きだなあなんて思っていたら、アレンジどころか本人が映像化への最適解を導き出していたとは…。

ネットを漁ると、正に映像化するに際してのあれこれを土橋先生が語っているインタビューが見つかった。

screenonline.jp

 

ちょっとご時世もあって安易に原作とか脚本だとかを引き合いにだすことが躊躇われるのだけれど、私はこの『身代わり忠臣蔵』はかなりすごい映像化作品だなあと思う。小説では2人の友情が文学的なものに感じられたが、映画を観るとしっかりとエンターテインメント性が強固なものになっている。映像的な面白可笑しさも加わっているし、物語の筋もだいぶ変わっている。更に言えば主演のムロツヨシのおかげで全体的に柔和な空気感が醸し出され、人を殺すか否かという物騒な物語であるにも関わらず、コメディとしてとても面白く観られるのが素晴らしい。ムロツヨシといえばアドリブという印象だが、その良さがかなり引き立っていたのではないだろうか。

 

原作では孝証よりも先に永山瑛太演じる大石内蔵助が相手の正体を知ることになる。しかしそれも切りかかった最中のことであり、直後には2人で話し合い事の真相を共有する運びに。その結果、亡くなった吉良本人の遺体を使って仇討ちを成し遂げたことにしてしまおう…という形で物語が進んでいく。もちろん当日大石が少し出遅れるなどのアクシデントはあるものの、この約束が果たされるか否かという点に焦点が絞られていた。

かたや映画では孝証のほうが先に大石達の正体を知り、仇討ちの可能性が濃厚であることに気付き怯える描写が生まれている。そして原作に存在していた孝証の病の存在は消え去り、兄の遺体の所在も孝証は知らないため、大石達だけでなく自分の家臣を守るために彼は一人死を決意する。しかし大石もその覚悟を受け止めきれず迷いが生まれ…という、武士道に則ったような孝証の心情を軸に終盤の展開が構成されている。敵同士でありながら奇妙な友情を築いてしまった2人の男の物語であることは共通しているものの、ディティールはかなり違っており、小説と映画で受ける印象もだいぶ異なっていると言えるだろう。

 

主演のムロツヨシが素晴らしいのはもちろんだが、他の面々も引けを取らない。林遣都のMっ気のある家臣の演技も良かった。川口春奈の暖かみのある存在感も素晴らしかったし、無論もう一人の主人公とも言える永山瑛太の、上と下の板挟みになって苦しむ姿もすごく様になっていた。演技力もだが、脚本でそれぞれのキャラクターに小説以上の個性が付与されていたのも良かったのではないだろうか。林遣都の漬物なんかは忘れた頃に伏線として機能する仕掛けになっていて、死体を漬物にしていたという面白可笑しさも含めて満点。というかムロツヨシが2人並んでいるというのがもう映像的に面白すぎる。ただ一番笑ったのはやっぱり「首ラグビー」。首をパスしながら街中を逃げ回る姿に「もうこれラグビーだろ」と思っていたらホイッスルの音までし始めて本当にラグビーをやり始めたのでさすがに笑ってしまった。場内でもかなりウケていたような気がする。男が一人死の覚悟をした後なのに、人の首でラグビーをしてこんなに貪欲に笑いを取りにくるような映画はさすがになかなかない体験である。ともすればB級のホラー映画が好んでやりそうなのに、こんなに万人受けしそうなコメディ時代劇でそれをやっているのが面白い。これ北野武の『首』でもやってよかったんじゃないだろうか。

 

土橋さんのインタビューにもあったが、若い人のほとんどはおそらく時代劇に触れてきていない。20代である私も実際そうだった。そして今後も積極的に触れようと思うには、あまりにコンテンツが世界にありすぎて追いつかない。どうしても優先順位は低くなってしまうだろう。しかし知られていないからこそ、改めて時代劇をやる意義はあるのだと思う。それこそファッションなんかは数年の周期で同じものが流行しているとも言うし、何かが大きく跳ねれば時代劇が流行の先端になることもあるのではないだろうか。自分としてもこうしたコメディ時代劇はかなり入りやすいので、継続的に映画になっていってほしい。とりあえず『超高速!参勤交代!』を観なければなと思った。