『ゴールデンカムイ』の実写映画を観てきた。原作に没頭した自分としてはかなり思い入れの深い作品。とはいえ、別に実写化映画が嫌いというわけではなく、むしろ漫画やアニメのメディアミックスは積極的に観に行く方なので、2024年公開の映画の中でもかなり楽しみにしていた。また山﨑健人かよ~と思うけれど、実写化映画という特殊なジャンルで主人公を演じるにはやはり実写化映画慣れしている人物のほうがいいのかもしれない。キャストにも正直不満はないものの、人選がかなり渋いなあとは思っていた。舘ひろしの土方歳三、玉木宏の鶴見中尉辺りは「おおっ!」と驚いたが、白石や月島や谷垣には一昔前の実写化映画ならもっと旬のイケメン俳優をあてがっていたよなあ、と。勿論その結果良い演技になってるものもたくさんあるし、露骨にキャストファン層を狙い撃ちにいく姿勢もビジネスとして全然アリだとは思うし、むしろそれが正解だと思っている。ただ、『ゴールデンカムイ』に関してはそれを敢えてしない。と言うと誤解を生みそうだけれど、北村匠海とか横浜流星とかで固められるくらいの規模でやってもおかしくないくらいの作品だと思っている。だが、どちらかと言えば原作のビジュアルに寄せた人選。正直ここだけでももう、制作陣の気概は伝わってきていた。私はこれを違和感として受け取ってしまったけれど、この配役自体が既に「仕掛け」だったのである。実写映画『ゴールデンカムイ』、本当に面白かった。
巷では「原作ファンも納得!」「実写化大成功!」と賛成の意見が多いけれども、私は原作ファン代表みたいな顔はしたくないので、ただ単純に思ったことを書いていく。映画のネタバレはするが、原作のネタバレはあまりしていないつもり。さて今回の『ゴールデンカムイ』、正直めちゃくちゃ面白かったです。漫画の実写化とか云々以前に、1本の映画として完成されすぎている。もちろん原作の序盤のエピソードだけのため「序章感」は否めないのだけれど、杉元とアシリパが出会い、互いに旅の目的を確認し合ってパートナーになっていくという大筋がしっかりと軸になっており、そのブレなさに感心してしまう。原作の核もやはり杉元とアシリパの関係性にあるし、それを序盤のエピソードだけで128分に再構築しているのが素晴らしかった。脚本の黒岩勉さんは『キングダム』の実写映画や『ONE PIECE FILM RED』なども担当しているので、原作付き作品のテーマや物語の再構築はもうお手の物なのだろう。
オリジナル要素はかなり薄いが、原作のストーリーを多少入れ替えたり端折ったりはしている。ラストまではほぼ原作にあったシーンの再構成だが、終盤杉元がアシリパに対し自分が何故金塊を求めるのか話すシーンが挿入されていたのはかなり良かった。というよりも、映画自体が「杉元が金にこだわる理由」からスタートしており、それを相棒のアシリパに話すラストという話運びが美しすぎる。ただ単に原作エピソードを消化しようというのではなく、まとまりのある1本の映画として再構築されていた。2010年代前半なんかはオリジナル展開を入れればファンから罵倒されるため、それを恐れてか原作エピソードをただなぞっていくだけの漫画実写化映画も散見された中、令和に入って実写化映画は「解像度高めで原作を再構築しつつ1本の映画としてパッケージングする」という新たな境地に至ったような感がある。
『ゴールデンカムイ』を実写化すると聞いて、私が一番懸念していたのが「シリアスとギャグの振れ幅」である。原作ではキャラクターの1人もしくは複数が何かに熱狂している中で、それを冷めた目で見つめる…というシュールな笑いが多かった。ツッコミの大ゴマを入れるでもなく、キャラクター達は敢えて無言にしておいて読者に「なんだよこれ!」とツッコませる。更に言えばキャラクター達もかなりハードな局面にあるのでとにかく目の前に必死になっているため、ツッコんでいる暇がない。その分を私達読者が補うような形で成立するようなギャグが原作には多かった。漫画でよくあるキャラクターを二等身にしてデフォルメでふざけさせるような表現はなく、むしろ吹き出しを使って股間を隠したりと、トリッキーでメタ的なギャグが炸裂していた。
だがこれらのギャグは実写では使うことができない。それに該当するようなシーンは序盤には少ないが、要は『ゴールデンカムイ』のギャグパートは一歩間違えればかなりサムい演出になってしまう可能性があるのだ。しかしこの映画は変にカメラアングルやセリフ回しやBGMで誇張することなく、会話の中の一幕のような自然さで杉元達のやり取りを描いていく。むしろ鶴見の汁が漏れ出すなどの独特な演出は、実写だからこそより緊迫感を味わうことができたような気さえする。ギャグが自然な形で出てくるのだから、シリアスも当然成立する。変に泣かせにくるようなこともなく、原作にあった趣をセリフで全て説明したりしてしまう回りくどさもなく、漫画を映像に置き換えるにあたって非常に「丁度良い」演出だった。むしろ原作を読んでいる分、尾形初登場のモブ感が眞栄田郷敦パワーでしっかり存在感を放っていたりなどの、ズレが嬉しかったりもする。あとは白石がヌルヌルで鉄格子から部屋に入ってくるシーンがちゃんと笑えるようになっていたのも良かった。原作はページを開いた途端いきなり笑わせてくるような演出が多いが、それも映像化するに当たって誇張するでなく、さらっと笑えるくらいの手触り。マジでちょうどいいヌルヌル具合だった。
惜しむらくは多少端折ったとはいえ原作の序盤なので、土方歳三が刀手に入れただけになっちゃってたりとか、尾形や月島の出番がほぼないこと(まあ月島は原作でもしっかり存在感出してくるの結構遅いけれども…)。でも尾形達に関してはそれが違和感にはなっていなくて、きっと原作を知らない人なら「襲い来る敵の1人」として見られるのだと思う。逆に土方は舘ひろしのパワーで何もしていなくても存在感を放つようにできてしまっている。長白髪の舘ひろしが馬に乗っているの、さすがにビジュアルが決まりすぎている…。玉木宏も本当に最高だった。あの声で優しい言葉を掛けてもらえるならそりゃあ皆ついていきたくなるよ…。説得力がありすぎる。熊もレタラも良かったし、正直ビジュアルや存在感についてはもう本当に文句がない。強いて言えばネットでも度々言われていた、衣装が綺麗すぎ問題だけれども、戦闘後はきちんと汚れるし、キービジュアルとかで特徴的な服なのにボロボロだとやっぱり見栄え悪いのかなあと思う。アイヌの道具や文化についても、少なくとも安っぽい作りにはなっていなかった。アイヌ文化までは詳しくないのでこれが正しいかどうかは分からない。
ただ一番言いたいのは、1本の映画としてとてつもなく面白いということ。何かに突出しているのではなく、総合評価がかなり高くなりそうな予感がする。ギャグやシリアスには触れたが、アクションもドラマもすごい。私は『HIGH&LOW』シリーズも観ているので久保茂昭監督と聞いて今作はかなりアクションが充実した感じになるのかなあと思っていたのだけれど、アクションだけでなく満遍なく充実していた。とにかくどの映像にも嘘っぽさがないし、中だるみも私は感じなかった。1つ1つのシーンに良さがあり、それらの構成のテンポもかなりちょうどいい。エンタメ作品としてかなり完成されているのを感じた。アクションに話を戻すと、動きもかなり早いしスピード感もあるし、熊相手だったり素手だったり銃撃戦だったりと本当に多彩。けれど「あ~アクションを見せたいのね」というわざとらしさはない。映画の中にバトルが息づいているような感がある。そしてそれがバトルだけではなく、ギャグやドラマもそうなのだ。どこかに視点が偏っているようなことがなく、かなりバランスがいい。
元々『ゴールデンカムイ』というのはアイヌ文化がたくさん出てきて、アイヌの生活を杉元達が学んでいき絆を深めていくような趣がある。その裏に金塊争奪戦という血みどろの戦いが潜んでいることがこの漫画の面白さであり美しさであり惨いところ。そしてこの『ゴールデンカムイ』の実写映画も、まるで「生活」のように自然な演出で物語が描かれており、かなり楽しく鑑賞することができた。アシリパがアチャから受け継いだアイヌの文化を絶やさないよう奮闘したのと同じように、『ゴールデンカムイ』という素晴らしい漫画が実写映画を通じて多くの人に届いたらこんなに嬉しいことはない。
最後に、私は映画に二瓶鉄造がいないことがかなりショックだったので、ラストカットには思わず手を強く握った。公式発表は現時点でまだないが、明らかに続編をやる気満々なのでこの調子で原作ラストまでどうにか駆け抜けてほしい。姉畑は無理だろうけど、1つの映画に2囚人くらいであと10年くらいはやってもらいたい。完結してしまった物語にまた新たな形で触れられるのが、本当に嬉しい。