映画『バーバリアン』ネタバレ感想 先の読めない理想的な上質ホラー

U-NEXTのランキング上位にあったのを何となく再生しただけのはずが、とんでもない作品に出会ってしまった。『バーバリアン』、あまりに面白すぎる。自分が理想とするホラー映画だった。

具体的に言うと、

 

①怪異の正体が明かされないままに不穏な雰囲気が続く

②正体判明後も勢いを維持して怖がらせてきてくれる

③人間ドラマがしっかりとある

 

これらの要素を満たしているのが自分の中では理想的なホラー映画。『ゲット・アウト』や『NOPE』のジョーダン・ピール監督は今のところどれもこのパターンで、自分的には大満足だった。しかし全く知らない監督がこんなに素晴らしい作品を生み出してくれていたとは…。ザック・クレッガー監督、調べるとまだ作品は少ないため、今後の活躍に期待したい。できればホラーやサスペンスの分野で活躍してもらいたいがどうだろうか。

 

話を戻して本作、主人公のテスが大雨の中、面接のために借りた家に着くと、なぜか鍵がなく、管理会社もにべもない態度。途方に暮れた彼女は、家の中に誰かがいることに気づく。そこに居たのは同じく家を借りていたキースという青年。何かの手違いだったのか、2人が同時に家を借りていた…という場面から映画は始まる。女性のテス視点で始まったために、人がいいにも関わらずキースへの恐怖はどんどん増していく。悪い人じゃないと信じたいが、やはり何かがおかしい。襲われたらどうしよう。そんなテスの心情が重なり、観ているこちらも不安に包まれる。寝る前に閉めたはずの扉が開いており、キースがうなされている状況も怖い。テスの、状況を確認しようと歩み寄る一歩一歩の足音が、じわじわと恐怖を掻き立てていくのである。結局映画の内容的に、キースは本当にただうなされていただけだったのか。それとも"彼女"に既に何かされていたのか。

 

翌日、1人になったテスはトイレットペーパーを探して地下室へ。面接後で家のことを話すと相手の女性にかなり警戒されていたのも地味に怖い。絶対面接落ちただろうな…。ちょっと家に出ただけで浮浪者のような男が近寄ってくるのも、あの年頃の女性にはかなり恐ろしいはず。地下室の扉はなぜか勝手に閉まり、テスはいつの間にか閉じ込められてしまう。そこで壁の奥から不自然に延びたロープに気付き引っ張ってみると、長い廊下が現れる。暗くて中が見えないためにしばらく放置するが、地下室の電球の光を鏡で反射させて奥へと進んでいく。ほとんど暗闇の中を手探りで進むと、突き当たりの左手にベッドとカメラとバケツの置かれた小部屋が。その壁には血の手形がついており、只事じゃないと感じた彼女は急いで地下室へと戻る。この一連の流れが息を呑むほど恐ろしく、思わず画面に釘付けになってしまった。何が出てくるか分からないまま、暗闇を進むテスを見守るしかなく、首に冷たい刃物を突きつけられたような鋭利な恐怖が映画を通して伝わってくる。電球の光を鏡で反射させるのも奥まで光は届いていないためほとんど無意味なのだが、少しでも明かりが欲しいという彼女の心情への妙なリアリティが絶妙。

 

窓からキースに助けを求め、地下室の扉を開けてどうにか脱出するものの、今度はキースが確認へ向かう。30秒で戻るはずが、いくら経っても彼は戻ってこない。仕方なく、扉に椅子を挟んで再び地下室へ足を踏み入れるテス。しかし、突き当たりまで進んでもキースの姿はない。だが、突き当たりは実は扉になっていた。ゆっくりと扉を開くと、そこには更に地下へと続く長い階段が。しかも奥からは「助けてくれ!」というキースの悲痛な叫びが聞こえてくる。仕方なくテスは地下深くへと進んでいく。ただ暗闇を進んでいるだけなのにこんなにも恐ろしい場面があるだろうか。いっそのこと何かヘンテコなバケモノでも現れて恐怖を一掃してくれ…と祈っていたら、いきなり全裸のババアが出てきたので本当に助かった。ババアはキースの頭を掴み壁に打ち付けて殺害。そこでいきなり場面が変わる。

 

映画監督のAJは性被害を訴えてきた女性によって撮影が中止となり、借家にしていた自宅に戻ってくる。その家こそ、テスとキースが宿泊していた家だった。2人の荷物があることに怒り管理会社に連絡するも、テスと同様に軽くあしらわれ、荷物を自分で物色する。そんな中で彼はテスと同様、地下室のロープに気づく。怯えながら進んだテスとは対照的に、地下室のおかげで高く家が売れると目論んだ彼は「マジかよ!」とニコニコしながらメジャーを持って地下深くへ進んでいく。テスの時はこちらもあれほど恐ろしかったのに、性犯罪者のAJだと「とっととやられちまえ!」とババアを応援したくなるから不思議である。そんな彼はテスも辿り着かなかったほど奥まで進み、授乳の方法を説明する映像が流れる小部屋を発見。呆気に取られていたところで手に持っていたメジャーを突然反対側から引かれ、怯えた彼は更に奥深くへと逃げていく。しかしそこには落とし穴があった。まんまと罠にハマった彼はそこでテスと出会う。テス、生きててよかった…!この辺りで恐怖は一旦落ち着くのだが、間髪入れずに場面は切り替わり、過去あの家に住んでいた老人の物語へ。

 

不自然なほどに明るくなった画面がかなり不気味。まだ街が美しかった頃だが、店員とのやり取りで老人の不気味さが際立つ。自宅でこれから出産をするだなんて、嘘をついてもいいのに敢えて真実を話す辺り、本当に楽しみなのか根っからの異常者なのか、あるいはその両方か。佇まいからして絶対におかしいこの老人、近所の女性を車からストーキングし、水道業者のフリをして自宅に侵入。出番は少ないながら強烈なインパクトを誇る恐ろしい男である。

 

そしていよいよ最終局面。ババアは落とし穴の上に鉄格子を嵌めて蓋をし、隙間から哺乳瓶を差し出す。テスは慣れたようにその哺乳瓶を口につける。悍ましいがどこかコミカルな光景。授乳ビデオもそうだが、どうやらババアは捕らえた人間を赤ん坊扱いしているらしい。ここからはテスとAJによる脱出が描かれていく。AJがババアに授乳されるシーンはさすがに笑ってしまったが、彼の気持ちになってみると確かに恐ろしい。この映画は性差別に対しての怒りがぶちまけられたような作品であり、女性に対して性暴力を犯したAJがこういった形で報復を受けるのは至極真っ当。しかし外にいたホームレスの男性によって、ババアも実は回想シーンの男性の被害者だったことが判明する。彼は気に入った女性を何人も監禁し、娘が生まれるとその子をもレイプし続けていたのだ。そうして生まれたのがあの怪物だったというわけである。AJは寝たきりになった男を発見するが、そこには「赤毛」などと丁寧にラベリングされたいくつものビデオが置かれていた。ビデオの内容こそ出てこないものの、意図していることは充分伝わるため、あまりに悍ましい光景である。その後、AJの目の前で男は拳銃自殺。AJはビデオを観て彼に激昂していたが、彼もほぼ同罪である。こんなに極限のピンチだというのに第一印象のせいでどうにも好きになれない。テスが出会った警察が何もしてくれないどころか話を聞こうともしないのも辛い。これも性差別の一側面なのか。女性蔑視かどうかは分からないが、少なくとも差別の一種ではあるだろう。

 

その後もテスがババアを車で轢いたりAJが間違えてテスを撃ったり更にはテスを囮にして高所から落とし殺そうとするなど、見所は盛り沢山。やはり改心できなかったAJ、もう突き抜けた悪党でさすがに笑ってしまった。しかし一命を取り留めたテス。ババアによって顔を潰されたことでAJは殺され、彼が持っていた銃でババアを撃ち、そのままエンドロールへ。余韻すら残さない芸術的な終わり方に痺れる。本当に「面白い」と「先が気になる」がずっと続く映画なのだ。それでいて要素が多いとか話が複雑ということもなく、むしろ異常なまでにシンプルな話運び。それでいてここまで面白いのだから凄い。

 

正体を知り、後半の母になろうと必死になる姿を見るとあのババアすら哀れな存在に思えてくるから不思議だ。それはそれとして何故キースはあっさり死ななければならなかったのか。とはいえ、かなりテンポよく展開され、見応えも充分。特に序盤のテスが地下へと進んでいくシーンはまだ何も出ていない状況なのに本当に恐ろしい。「タメ」のシーンでの没入感が凄まじいため、怪物の正体がやけに背の高い裸のババアでも全然許せてしまうのがこの映画の凄いところである。コミカルにすら見えてしまう容姿だが、事前に恐怖を煽り後半はドラマ性を帯びさせることでしっかりとホラーアイコンとして機能している。それでいて、テスとキースが夜に語り合うシーンの青春感や、地下室の広さをメジャーで活き活きと計り出すAJの面白さなど、怖いだけでなくいろいろな引き出しのある作品だった。冒頭にも書いたが、ザック・クレッガー監督の次回作に期待したい。

 

 

 

バーバリアン

バーバリアン

  • ジョージナ・キャンベル
Amazon