映画『ゴジラ×コング 新たなる帝国』感想

 

地上の王ゴジラと地下の王コングが大乱闘を繰り広げる怪獣映画。『ゴジラ -1.0』の公開からまだ半年も経っていないどころか、予想以上の大ヒットによりまさかのロングラン上映になっているというのに、ハリウッドからも怪獣プロレス系のゴジラが殴り込んでくる。『FINAL WARS』以降の氷河期が嘘のようにゴジラが今世界中で脚光を浴びているという事実。自分は2014年公開のいわゆる「ギャレゴジ」がスクリーンでゴジラを観た初めての経験という浅い人間なので、モンスターバースがここまで続いていることに嬉しくなってしまう。浅いなんて言いながらももうギャレゴジから10年も経過し、シリーズも映画だけで5作目。ギャレゴジの時は3.11からまだ時間も経っておらず、初代を意識したようなゴジラと核の脅威を結び付ける描写もあったが、この『ゴジラ×コング 新たなる帝国』ではゴジラは自身のパワーの源となる核物質を求めて世界中を大暴れし、対するコングは他の猿たちと接触する。正直、とてつもなく変な映画だと思う。国産の『-1.0』が人々の心を打つ(邦画っぽすぎるという指摘もあるけれど)映画になっているというのに、まるで別の角度からハリウッドが殴り掛かってくるのだ。何ならその拳にはパワードアーマーが付いている。戦争の恐ろしさの訴えと人間ドラマに注力した『-1.0』とは対照的に、今作はアクション娯楽大作として徹底されており、人間ドラマよりもセリフのない猿たちのドラマのほうが濃厚に描かれている。自分は『-1.0』に深く感動した身だけれども、今作にも別の意味で感動させられてしまった。ハリウッドが本気で怪獣プロレスをやっているという事実。コロッセオゴジラの寝床にし、コングの右腕にパワードアーマーを装着させるような人達がこの世界に存在しているという事実。比較的空いている劇場でなぜか隣に座ってきた変な男性がいなければ、腹を抱えて(もちろん声は押し殺して)笑っていたかもしれない。それでも鑑賞中、ずっとニヤニヤが止まらなかった。人は痛快娯楽作品を観た時、「俺達が観たかった怪獣映画だ!」なんて俗っぽい言い回しを使うことがあるけれど、これはもう「俺達が観たかった」の域を超えている。前作でぶち上がった期待を簡単に飛び越え、ドーパミンを出すことに特化した猿と猿の殴り合いが展開される本作。やっていることはB級映画のようなのに、映像がS級でその細部まで気配りが行き届いている。ハリウッド映画の可能性、ゴジラ映画の可能性を更に切り拓く凄まじい映画なのではないだろうか。

 

予告を観た時、ゴジラとコングが並走する(しかもコングの右腕はメカメカしくなっている)映像にはワクワクさせられたが、敵がスカーキングなる色違いの猿だと聞いてちょっとがっかりしたのも事実である。前作の『ゴジラVSコング』ではゴジラとコングの対決、しかも決着が着くという触れ込みからのメカゴジラ登場に心を奪われ、圧倒させられた。注意したいのは、メカゴジラには数十年の歴史があり、既に国産ゴジラ映画でも何度も登場している存在であるということ。だからこそファンは喜ぶし、ファンでなくともやはりゴジラとコングの共通の敵として機械化されたゴジラが出てくるというのはテンションが上がるだろう。だが、赤毛の猿…2Pカラーの猿ごときに続編のラスボスが果たして務まるのか…と心配し、いやむしろこいつは前座で終盤で他の怪獣が出てきたりするのではないだろうかと予想していた。だが、映画を観ても出てくるのは猿ばかり。コングは虫歯になり、かわいらしいけど狡猾なミニコングが登場し、劣悪な環境で奴隷としてこき使われる猿達が出現、そして満を持してスカーキングが姿を現す。

 

本当にごめんなさい。舐めていました、スカーキングを。倒した怪獣の骨を鞭のように使う攻撃方法、氷河期を招くほどの最強怪獣シーモを謎の宝石で操る卑劣さ、他の猿を虐げるという徹底的な悪役っぷり、かつてゴジラを窮地に立たせたという伝説。正直突然暴走した前作のメカゴジラが可愛く見えるくらいに「ヤバい」やつだったのだ。コングの銀歯を馬鹿にしたり、玉座の周りに女猿を大量に侍らせていたりと、もう細かい部分の全てが「スカーキングは凶悪です」と物語っている。姿勢も悪いし、表情にも嫌味な感じが出ていて、コングの宿敵としてこれ以上の配役はないなというか。よくこんなキャストを探してきましたね、アダム・ウィンガード監督…。あまり情報がなかったシーモの最強っぷりと扱いにも驚いたが、やはりスカーキングの一連の行動や演技にはとてつもない衝撃を受けてしまった。猿VS猿でもまだこんなにやれることがあるのか…と。人間キャストなしの地下施設での猿たちのシーン。普通は人間が言葉で実況してくれるものだと思うが、この映画はコングとスカーキングの表情や動きだけで物語を進めていく。言葉はないのに、彼等が何を考え、何をしようとしているかが明確に分かるのだ。あまりに面白すぎてずっと笑ってしまったが、これは考えれば凄いこと。コングの正義感っぷりとスカーキングのヒールっぷりを、視覚的な情報だけで楽しむことができる。こんな映像体験は初めてで、今思い返してもそのシーンの面白さと徹底っぷりに頭が下がる。実際パンフレットを読むと監督は昭和ゴジラに散見された、言葉のない怪獣同士のコミュニケーションを再現しようとしたと語っており、それがとても良い形で出てきたなあと思う。試みが完全に成功しているのだ。それにしても複数の猿だけで十分近く持たせるのはあまりに面白すぎるのだけれども。

 

また、前作で自分の種族は既に絶滅しており自身が最後の生き残りだと知ったコングの、冒頭の独身男性っぷりも楽しい。襲い来る怪獣に対応する姿は仕事に追われるサラリーマンのようだし、そんな中で好きなものを食べて虫歯になってしまうというのもお茶目でかわいい。人間臭くなりすぎてはいるが、コングが人間臭くなっているというのがもうだいぶ面白いので自分としては全然有りである。コングがくたびれている一方で、ゴジラの自由気まま具合も素晴らしい。地上で大暴れする怪獣があれば急いで駆けつけ殺戮を繰り返す。その度に人類にも強大な被害が出るが当然一切気にしない。気に入らないものは徹底的に排除するし、気に入ったコロッセオは自分の寝床にする。王としての地位を謳歌するその傍若無人っぷりは孤独を抱えているコングと正反対で、仮に前作を知らずとも、ゴジラとコングの立ち位置やマインドが対局の位置にあることが分かるようになっているのだ。にしても、ゴジラコロッセオで寝かせるというのが凄い。一時期はゴジラにシェーをさせるだけで色々と言われていたものだけれど、今やゴジラはまるで猫のようにコロッセオで眠るのだ。

 

細かいことを言うと、地下の猿達の毛並みが軒並み悪いのがすごくよかった。ちょっとハゲてたりとか。多分劣悪な環境で働かされているが故のものなのだろう。対するコングは髑髏島で悠々と育ったこともあり、フッサフサなのである。スカーキングに虐げられてる猿達の健康状態を毛並みで表現しているというのが面白すぎる。スーコという名前のミニコングも、少年漫画によくいる、主役を助ける子どもポジションとして楽しめた。ただかわいいだけじゃなく、ちゃんと彼にも成長譚のドラマがあるのだ。そしてゴジラと対をなす存在であるシーモにも、スカーキングに虐げられてきたという背景がある。リオデジャネイロでのラストバトル、猿同士でシーモを操る宝石を奪い合うのが素晴らしい。本来こういう「怪獣を操る装置の争奪戦」は人間の役割なのである。現に『キング・オブ・モンスターズ』でも、怪獣を目覚めさせる装置=オルカを人間達が奪い合う物語が展開されていた。要は怪獣を悪用しようという存在と、それを防ごうとする主人公サイドのドラマとして、この「装置の奪い合い」は怪獣映画においてお家芸なのである。しかしこの映画において主役は怪獣達なのだ。そのため、これまでは人間達がやってきたことさえも怪獣達がこなす。一挙手一投足がビルを破壊するスケールでの宝石の奪い合い。正直こんなものは考えたこともなかった。怪獣映画ではよくあるシーンなのに、それを怪獣達がやっているということがこんなにも新鮮に感じられるだなんてという驚き。とはいえ、登場する人間達も前作に引き続き魅力的で、人数も限られているため印象に残りやすい。怪獣達が主役という前提はあるものの、決して人間達を置き去りにしない辺りの細かい采配。やっていることはバカ映画なのに、作り込みが徹底されていることが窺える。

 

モスラの登場は事前に明かされていたけれど、あれは公開まで隠していてもよかったかもしれない。ゴジラとコングの仲介役になるという流れは過去作のオマージュを感じられてすごくよかったです。というかコングが地上に出てきた瞬間に殺そうとしていたゴジラをなだめるモスラの格ですよ。

地下施設では重力操作によって猿達に空中戦を強いたりと、とにかく話題性に事欠かない本作。普通の劇場で観てしまったが、時間の都合さえ合えばIMAXなどのスクリーンでもう一度鑑賞したい。国産ゴジラもきっとまだまだ続いていくだろうが、ハリウッド版もこのテンションで駆け抜けていただきたいものである。怪獣プロレスを現代の最先端映像技術で再現し、おまけに徹底的に怪獣を中心に据えた物語展開。2時間があっという間に感じるくらいアクションとバトルが山盛りで、ドラマパートも猿達のドラマパートなので目が離せない。これから『猿の惑星』の新作が公開されるというのにこんなに猿を浴びて私たちは大丈夫なのだろうか。

きっとこれからも新しい怪獣もしくは既存の怪獣のハリウッドリメイクをするだけで永遠に楽しめるコンテンツになるだろう。今のところ情報はないようだが、このテンションでこれからもハリウッド版ゴジラをお願いしたい。