ドラマ『下剋上球児』評価・感想! これは南雲の下剋上なのか生徒の下剋上なのか

話題になった『VIVANT』の後枠であることから、相当なプレッシャーが掛かっていたであろう日曜劇場『下剋上球児』。それこそ『VIVANT』とはかけ離れた題材で、王道スポ根ものの要素が散りばめられた物語。原作はないがオリジナルではなく、『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』として書籍化された実際のエピソードが原案となっているらしい。第1話の時点で廃部寸前だった越山高校の野球部が3年後に「下剋上」を果たすことが明確になっており、その旅路を追っていく物語だった。廃部寸前の弱小高がのし上がっていくのはフィクションにおいては"あるある"でしかないが、実話がベースとなると強い訴求力が生まれる。野球にまるで詳しくない私も、放送前からかなり楽しみにしていたドラマだった。

 

ただいざ終わってみると、申し訳ないが非常に消化不良な感があった。それこそ「甲子園出場」という決定的なゴールに対して、物語がかなり端折られてしまったようにさえ思えてしまう。その理由としてはやはり、ストレートなスポ根ものと鈴木亮平演じる主人公で越山の監督を務める南雲のエピソードがうまく噛み合っていないせいだろう。南雲の免許偽造からの再生の物語と弱小野球部が栄光へと向かう物語が、ほぼ乖離してしまっていた。このドラマは南雲の下剋上なのか、それとも生徒達の下剋上なのか、はたまた野球部の下剋上だったのか。それらが一つ一つは粒立っているのに、合わさるとどうにも線が弱い。この乖離具合が気になってしまい、しっかりと感動できなかったというのが本音である。

 

 

 

 

南雲は高校野球経験者でありながら、頑なに野球部の顧問を務めることを拒否し、あまつさえ教師を辞めようとしていた。そして割と早い段階でその理由が「教員免許を偽造していたため」だと分かる。家族との生活のために魔が差してしまった南雲は、できる限り目立ちたくなかったのだ。これはもちろん原案の書籍に書かれた展開ではなく、完全なるフィクション。しかしこの南雲の葛藤こそが、数多く存在するスポ根ドラマの中で、この『下剋上球児』というドラマの特異性だったように思う。南雲の人柄の良さは表情や仕草からも滲み出ているし、彼は善人である。しかし、いやだからこそ、自分の罪に葛藤し続けていたのだろう。理由も納得こそできるが、決して許されることではない。この偽造問題がバレることのスリルが、ドラマにスポ根ものとは別の緊張感を生んでいた。「バレたらやばいぞ」という雰囲気が時間をかけてしっかり構築され、南雲の人柄を知る山住は共犯になると言い出す。その優しさは南雲にとってすごく嬉しい言葉でもあり、同時に辛いものだったはず。自分の浅はかな考えから人に迷惑を掛けてしまうことの戸惑い、そして一刻も早く教師を辞めて逃げ去りたいという思い。しかし同時に、野球部で活躍し続ける彼等に対しての気持ちも捨てきることはできずにいる。南雲の後ろめたさから生まれる歪な感情や行動を、鈴木亮平は立ち居振る舞いで見事に表現してくれた。

 

そして中盤、遂に南雲の罪が世間に知れ渡る。それは南雲の恩師を失望させ、何も知らない生徒達にも戸惑いを生んだ。南雲自身も罪に問われる形となり、事態は最悪。そこに対して生徒達が必死に署名を集め、南雲が監督として復帰してくれることを待ち望んでいるという展開は感涙ものだった。予想外の展開ではない。分かりきったストーリーだが、それをこんなにしっかりとやってくれて丁寧に感動まで誘導してくれる話運び。そして生徒達の無邪気さや南雲の人の良さが全てに納得を生む。事件を乗り越えた越山高校は、遂に県大会へと向かうことになるのだが…ここから雲行きが怪しくなってしまう。

 

南雲が監督に復帰してからも小日向文世演じる犬塚の風当たりが強くなったりと、すぐに南雲の罪がなかったことになるわけではなかった。しかしそれでも、「南雲の葛藤」というこのドラマをここまで引っ張ってきたメインの物語に、ほぼ終止符が打たれてしまった形になっていたようには思う。南雲を主人公に据える以上、「人は罪を犯してもやり直せる」というテーマでドラマが完結するのがストレートなやり方な気がするが、監督復帰以降はそこに対しての目線は非常に弱くなってしまった。生徒達には特に罪や隠し事はないし、犬塚の目の手術や山住の怪我ではさすがに対抗馬にはならない。ドラマの核でもあった南雲の葛藤が乗り越えられてからは、予定調和な甲子園出場へと物語がスルスルと進んでいってしまい、正直肩透かしですらあった。

 

最終回で南雲は生徒達に向けて「次を目指してる限り、人は終わらない」と言い放つ。このセリフは彼が罪を乗り越えたことを踏まえた上でのものだろうが、最終回にはもう南雲の罪を糾弾するようなキャラクターは存在せず、テーマの包括のセリフとしては威力があまりに弱くなってしまった。そして何より、彼の更生の物語と生徒の成長のリンクも薄く、どうしても消化不良に感じられてしまったのだ。罪悪感に揺れていた頃の南雲の弱さと強さが同居したような言動が好きだっただけに、終盤からそれがまるでなかったように話が進んでいくのはかなりショック。

 

もちろん彼の過去を知っているからこそ、監督として活き活きしているのを観ていて喜べるという側面もある。だがそもそも甲子園出場に至るまでの物語だと初回から示していた分、この後どうなるのだろうという期待を持つことは難しかった。もちろんここまでのエピソードで生徒達のことも大好きになっているし、試合の熱量も凄まじかったようには思う。だがあれほど事態を悪化させてきた南雲の罪が中盤でほぼ片付いてしまうのはすごく勿体無いという感覚がある。

 

とはいえかなり楽しめたドラマであることは間違いない。それこそ『VIVANT』のいつ視聴者を裏切るか分からないハラハラ感とは全く別の感動を生んでくれる物語だった。ニチアサ好きとしてはルパンレッド・仮面ライダージオウリュウソウゴールドとヒーローがたくさん出ていることも嬉しく、特にリュウソウゴールドの兵藤功海が根室としてかなり大きな役を担っていたのが良かった。最初は気弱だった彼が南雲との出会いで2番手のピッチャーへと成長していく過程には素直に感動させられた。美味しい役だったしこれからますます人気も出そうで嬉しい。他で言うとコンビニの店員を演じるコットンのきょんのさり気なさにもかなり救われていた。生徒達を取り巻く人々の人柄の良さも滲み出ていて、唯一気難しかった犬塚はキャラクターの勝利な感じもする。小日向さんって早口で喋ったらめちゃくちゃ嫌なやつに見えるという発見もあった。

 

ただ南雲の奥さんの元旦那だったり、南雲家であったりのエピソードはもう少ししっかり着地してほしかったな〜という気持ちもある。何なら家族は南雲の罪が発覚してから離れ離れになったけど、甲子園出場を決めて元に戻る、とか。それくらいガッツリ感動路線にいっても全然悪くなかったのにな〜と思ってしまうのだ。

 

ここまで書いていて世間の感想を見てみると、逆に南雲の教員免許偽造問題が要らなかったという意見も多く、そういう見方もあるかあと勉強になった。自分のように南雲の葛藤を観たかった人間には野球パートが残念に思えてしまうし、逆に青春の感動を期待した人にはあのハラハラ要素が邪魔になってしまった、ということなのかもしれない。あともう1つ個人的な不満を述べるのなら、甲子園がどうなったかとかをもっと知りたかった。初戦敗退でも全然構わないのだが、そこをすっ飛ばして数年後〜と生徒達の未来の話をされても気持ちがまるでついていかないのだ。彼等は甲子園優勝を目指していたわけで、甲子園出場だけで終わろうとしていたわけではないはず。もちろん実話に基づいていることもあるのだろうが、肝心の甲子園をぼかしてしまう辺りに不誠実さを感じてしまった。負けててもいいからせめて甲子園の話をしようよ…。

 

とまあいろいろ言ってしまったのだが、安心感のある鈴木亮平の南雲先生が抜群にハマってたしあの説得力だけで視聴を続けられるドラマだったので概ね満足はしている。でも、もっとやれたよな〜という気持ちもあるので複雑。野球パートでアニメになる演出はよく分からなかったです。でも挿入歌というかエンディングのSuperflyは最高でした。