選挙を題材にしたコメディと聞くと少々難しい印象を受けるが、この映画『決戦は日曜日』はそんな先入観を覆す圧倒的なゆるゆるコメディ映画。
倒れた父親の代理として候補者に祀り上げられた娘・宮沢りえと、そのじゃじゃ馬娘を補佐する秘書の窪田正孝の名演技が光る良作だった。
・BGMなしで穏やかに進む物語
この映画の何よりの特徴は、その「ゆるさ」にあると思う。選挙や政治と聞いて思わず身構えてしまうような人たちでも、すんなりと理解できるような作りになっているのだ。
好感が持てるのは、いわゆる「ドタバタ劇」とは少し異なること。ハチャメチャなことが次々と起こり大爆笑を巻き起こす…というような派手なコメディではなく、あくまで役者の醸し出す空気感と、有美(宮沢りえ)の無茶苦茶な行動に呆れる一同という流れで、随所に配置される滑稽なシーン。
喋れば喋るほど面白くなってしまい明らかに議員に向いてないどころか人間性にすら問題のある有美と、仕事・生活・家族のために彼女をどうにか当選させなくてはならなくなってしまった谷村の凸凹コンビ。
「結婚しているのに出産しないのは怠慢」などの猿でも理解できるレベルのヤバい人材を、コントロールしていかなくてはならない谷村の苦悩が観ているこちらにも強く突き刺さる。
とはいえ、有美の純粋さはどこか私たちの胸に響くことでもあり、現状維持と悪習によって思考停止に陥っている脳みそを、ふんだんにかき回してくれる。もちろんそれはマスコミなども大いに騒がせることとなり、谷村達の心までもかき乱すことになってしまうのだが…。
一見滅茶苦茶に見えるキャラクターがある一点において真理を突くという展開は、ある種お決まりでもある。学園もののドラマなんかを連想すると分かりやすいかもしれない。型破りな教師がやってきて、無気力であったり親や友人との間に確執を持っていたりする生徒たちの心を、突拍子もないやり方で開かせていく。
本作の有美にも、そんなキャラクター性が付与されている。ただ決定的なのは、彼女には野望がない点。父親の言いなりで候補者にさせられ、仕方がないからやるしかないと腹を括っただけなのだ。しかも、その決意すらも簡単に投げ出してしまい、辞めたい等と言い出す始末。徹底的なお嬢様気質によってワガママは次々と加速し、暴走列車のように周囲を巻き込んでいってしまう。
そんな彼女を止めるのが、窪田正孝演じる谷村。
生活のためと割り切りながらも、どこか自分の仕事に違和感を覚えているという少し陰のある役どころ。この谷村のキャラクター造形が非常に良くできていて、窪田正孝の厭世的な演技により、更に魅力的に描かれている。
谷村はおそらく、相当に頭が良いのだと思う。なんというか、必要最低限の努力しかしないタイプ。テストでも満点を取りに行くというよりかは、合格最低点分の勉強しかしないような。
だからこそ、ちょっとタガが外れることもあり、必要だと思った時には容赦なく相手に現実を突きつける。辞めたいと訴えた有美に対しての、非常階段での言いくるめ方は正にそれだった。
ただそれは、政界という歪で邪な世界に染まっていってしまった証左でもあると思う。最初の頃には違和感を抱いていただろう。正義感に溢れていたかもしれない。でもそういった熱い思いは、周囲に染まっていくうちに彼の中ですっかり冷え込んでしまったのだ。
しかしそんな彼の心に熱をよみがえらせたのが、有美の行動。政治家の見苦しい言い訳スタンス一つ一つに異を唱える彼女の言葉は、あくまで利己的なものであり、決して世界を変えていこうという正義感から来るものではない。
それを分かっていながらも、有美の言葉は谷村にとってある種の大きな救いだったのではないだろうか。自分がいつの間にかしまい込んでしまっていた気持ちを、彼女の言動が偶然にも解き放ってくれたのだ。
そして谷村は、有美と結託してどうにか当選しないようにネガキャンを進めていく。薬物をやっていた等と書いたデマブログを拡散させたり、他の候補者の演説を妨害したり。そのやりたい放題から溢れ出る無邪気さは、我々鑑賞者が谷村の心の内に触れる重要な段階でもあった。
有美に関するスキャンダルが北朝鮮のミサイル発射により上書きされそうになった際、大喜びする議員一同。谷村はそれを盗撮し、有美らのイメージを落とすためにネットに流出させる。しかし、ミサイルの発射は取り止めとなり、動画の投稿のタイミングが悪かったのか、その動画は結局「北朝鮮のミサイル打ち上げ中止を馬鹿みたいに喜ぶ」ものとして拡散されてしまい、彼女らのイメージを大きく底上げしてしまった。
私はこのシーンが一番面白かった。
ミサイル発射中止で大盛り上がりという点だけでも十分面白いのに、それを加工した動画などが実際にありそうな秀逸な出来なのだ。こういう細かい作り込みって非常に大切というか。政治に触れる機会の少ない自分でも、こうしたネットの悪ふざけがうまく描写されることで、一気に身近に感じることができる。
色々な意味でとても重要で面白いシーンだったと思う。
イメージを下げるための行動はどうしてかコアなファンを生むこととなり、結局有美は当選してしまう。「当選しちゃったじゃないのよ!」と不満をぶつける有美に、谷村は「やるしかないでしょう」と言葉を返す。
現状に文句を言っていても始まらない。それよりも現状をどう理想へと近づけていくかが重要なのではないか、という意味での「やるしかない」。こういう言葉をすぐに返せる点からも、谷村の頭の回転の早さがうかがえる。
これは日々の生活にも言えることだが、作品の題材と照らし合わせるに、何より政治に対して言えることである。
理解不能な政策に対し、ただ声を荒げて「嫌だ嫌だ」では物事は一向に進まない。しかし行動に移すことで、誰かに自分の意見を知ってもらえて、そこから何かが生まれたり変わったりするかもしれないのだ。
政治への違和感に対し、ただ泣き言で対抗するだけだった有美と、どうせ変わらないだろうと諦観していた谷村。
2人が結託した先で待っていた結果は、決して望んでいたものではなかったかもしれない。しかし、ここから先自分たちの行動で何かを変えられる、抱える違和感を払拭していけるだろうという希望に満ちたエンディングは、素晴らしいものだった。
音楽すらほとんど流れず、どこかゆるい雰囲気に、退屈さすら感じてしまうかもしれない。しかし、役者陣の演技を思う存分堪能でき、テーマ性もはっきりしている。昨今の忙しない映画やドラマに疲れた人にこそ、肩の力を抜いて楽しんでもらいたい作品だった。