映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』評価・ネタバレ感想! SF・家族・カンフー なんでもありな闇鍋映画

とにかく「圧倒」の一言。マルチバースという言葉が『アベンジャーズ』のおかげで一般層にまで普及してそこまで年数も経っていないというのに、もうこんなに凄い映画が生まれてしまうのかという驚き。私は『スイス・アーミー・マン』のシュールな作風がとても好きなので、同じ監督であるダニエルズ(ダニエル・クワンダニエル・シャイナートのコンビ)の作品と聞いて、大いに期待していた。『ミッドサマー』などでお馴染みの製作会社A24が、堂々とSFを打ち出してきたのも驚きがあった。ホラーのイメージが強いA24だが、こうしたガッツリのSFもやってくれるのは嬉しい。

 

どこか『マトリックス』を感じさせる部分も大きいが、令和が始まって5年も経った2023年に、ここまで「新しい」と思わせてくれる作品も本当に珍しいと思う。マルチバースという設定を逆手に取り、コメディとして打ち出しながらも最後は家族のドラマに収斂していく手腕が見事。マルチバースの自分と繋がり、その自分の能力を引き出すという独自設定もユニークで、繋がるためには変な行動を取らなければいけないという制約のために、真面目過ぎる雰囲気にならないところも素晴らしい。

 

私はあらすじなどを一切読まずに映画館に行く人間なので、予告で観た程度の情報しかもっていなかった。そのこともあり、序盤はとにかく展開に翻弄されることができた。突然ウェイモンドが憑りつかれたように軽快に動き、設定をつらつらと語る。エヴリンと目線を同じくしている観客は、彼の言葉の一つ一つにワクワクしながらも、困惑する。SFの醍醐味を味わっている感覚。『マトリックス』でネオが電話越しにあれこれ説明されている時のあの感覚だ。オフィスを舞台にしているのも近いものがある気がする。

 

オリジナルのデバイス、目新しい設定。SFらしさはしっかりとありながらも、とても分かりやすくユニークな作りだと思った。何よりSF特有の堅苦しさを一切感じさせず、物語がコメディに傾いているのが素晴らしい。今の夫と別れて暮らした自分が実は輝かしい地位を手に入れていた…くらいなら分かるが、シェフになって同僚は頭に優秀なアライグマを乗せているとか、指がソーセージに進化した人類とか、あまりに「なんでもあり」なユニバースは観ていて楽しい。しかも夫と別れて暮らした先でも、彼女は何故かカンフーを習得し、世界的なアクション俳優として活躍することになる。マルチバースは山ほどあるのに、強い上に使い勝手が良いせいかカンフーフォームばかり使うことになるのは、平成仮面ライダーの派生フォームいっぱいあるのに最強フォーム出てきてからはそれしか使わなくなる現象のようで面白かった。そもそも、アクション俳優ってあんなに強いのかよ…という気持ちもある。

 

主人公のエヴリンは、コインランドリーを経営するどこにでもいるような女性。いや、生活水準はそれ以下かもしれない。そんな「何も持たない」彼女だからこそ、あらゆるマルチユニバースと繋がれる唯一の特異点であるという設定も良い。また、マルチバース描写以外は、実は入って以降ずっと国税庁で展開されるというのも、B級映画っぽさを感じられて好きな部分である。

 

ただ何よりこの映画の好きなところは、今の自分を肯定してくれるところだろう。無数に広がるマルチバース。それはいわば、「あの時ああしていれば…」という後悔の先にある未来。人生は常に決断の連続で、その一つ一つが違う未来に繋がっている…というのがマルチバースの基本設定。エヴリンは他のマルチバースと繋がることで、自分の選択が本当に正しかったのか…という壁にぶち当たる。夫についていかなければ…そんなことすら考えてしまう中で、娘がすべての世界を破壊しようとする大量殺戮者だと知るのだ。

 

自分の人生、これでよかったのだろうか、ということを誰しも一度は考えると思う。結婚、就職、その他諸々。それ以外でも、後戻りのできない決断は山ほどあるだろう。そんな中でいつも正解を選んでいるとは限らないし、そもそも何が正解なのかも分からない。輝かしい自分の可能性に気付いたエヴリンは困惑し、そして様々なマルチバースと繋がった上で、ジョブ・トゥパキの言葉に唆されてしまう。どんな選択を選んだとしても、心には闇が巣食い、虚しさや後悔が付きまとう。それならいっそ、何もかも破壊してしまう方がよいのではないか。ジョブ・トゥパキが作った世界を破壊するベーグル。それがあった場所が真っ白で空虚なことからも、彼女が虚無を求めていることは明白だろう。

 

そして世界を破壊しようとしていた彼女が、唯一気になっていたのがエヴリンというのもすごく素敵な関係性の矢印だと思う。どのマルチバースでも後悔や虚しさを捨てきれない彼女が、唯一自分と同じだと思えた人物。それが、この世界では母親のエヴリンなのだ。もうこの時点でジョブ・トゥパキもただの人間であることが分かる。超常的な能力は持っているが、孤独を誰かと分かち合おうとする姿勢は、他の人間と大差ない。そして彼女と向き合おうとするエヴリンの姿勢が、結果的に親子の問題の解決へと結びついていくのも見事だ。

 

決断の先で後悔することはあっても、それが全てではない。出会った大切な人と笑ったり泣いたりしながら仲を深め、幸せを感じる瞬間だってある。

マルチバースという設定を用いながらも、そんな普遍的な人生讃歌に落ち着く庶民派映画。ほどほどにアクションもあって退屈しないし、ダニエルズ監督のユニークな画作り(特にジョブ・トゥパキの何でもありなアクション)は宝箱を開けた時のような興奮がある。

 

ただ、一点だけ言わせてもらえるのであれば、ギャグがさすがにくどい…。正直、エヴリンの世界以外はまともなマルチバースが1つも出てきていないような気がするが、その一つ一つがあまりに設定過多で、若干テンポを乱しているようにも感じられた。むしろあまり時間を掛けずにどんどんいろんなマルチバースに言及するくらいの方が好みだったので、一つ一つの世界をじっくりと描いていくのは、もちろんそこに意味は乗っかっているものの、やや冗長にも感じてしまうのだ。おふざけによって肩の力を抜いて観られるのは嬉しいのだが、あきらかにふざけすぎて映画のテンポを損なっているタイミングがあった。また、スローモーションの多用もちょっとげんなり。むしろこの手のSF設定を逆手に取ったコメディ映画なら、100分前後にまとめてくれていればなあという気持ちはある。ちょっとギャグが盛りすぎなところもあったので、130分はいらなかったかも…と思ってしまうのだ。

 

とまあ不満はあるものの、展開でこちらを翻弄してくれるし、目新しさもあるし、話の誘導もすごくうまくて分かりやすいしと、とにかく楽しめる作品であることは間違いない。なんというか、現時点では「こういう映画です!」と一括りにできない、闇鍋…もとい光鍋みたいな感じである。いろんな要素が詰め込まれているのに、それが普遍的なテーマへと収斂していく良さ。逆に言えば、自己肯定、家族の絆という普遍的なテーマを描きながらも、見せ方一つでこうも面白くなるのかという興奮。ここまでマルチバースが定着してきたのだし、邦画でホワイトボードとか使って長々とパラレルワールドの説明する描写、そろそろいらないんじゃないかなあ…などと思ったりした。