『リング』の中田秀夫監督が送る!と聞いて、嫌な予感が脳をかすめる方も多いのではないだろうか。日本どころか世界中を席巻した貞子という存在。続編が何作も作られ、海外でリメイクまでされているのは、やはり原作にない「TVから出てくる貞子」というインパクトのおかげだろう。Jホラーの金字塔として君臨し続ける貞子。そして同じくJホラーの第一人者として語られることが多いのが、『リング』を手掛けた中田秀夫監督…なのだが。個人的には、かなり”外し”の多い監督であるようにも思っている。それこそ現時点(2022年9月時点)での貞子シリーズ最新作である池田エライザ主演の『貞子』なんかはなかなかに酷い出来だったし、亀梨和也主演の『事故物件 怖い間取り』は、もはやホラーどころか物語の体裁すら成していなかった。しかし『事故物件』については、そのあまりの奇妙さに逆に口コミが加速し、かなりの大ヒット。評判こそ散々だが、興行収入という意味ではかなりのヒットメーカーであると言わざるを得ない。
そんな中田秀夫監督の最新作が相葉雅紀主演の『”それ”がいる森』。『IT ”それ”が見えたら、終わり。』を意識したタイトル。いやそもそも「それ」とかタイトルに入れるのどうなのだろうと思わざるを得ないが、少なくとも変な副題になっていた『IT』よりはマシだろう。映画館に通う癖のある人なら劇場予告で森のくまさんが流れ、ぶつ切りで「あれは熊なんかじゃない!」と少年が語気を荒げるお馴染みの予告が簡単に脳内で再生されるはずだ。それだけでなく、渋谷で街頭インタビューの演出で「それって何だと思います?」と若者に聞いてまわるバージョンの予告もあった。
とにかく公開前から「それの正体を見に来てください!」と言わんばかりの猛プッシュ。怪異の正体が何なのか分からないというのは確かに心をくすぐられる。ジャンルこそホラーだと確定しているので、観客を劇場に誘導するという意味では、とても効果的な施策だと思う。
私は公開日の夕方に鑑賞したのだが、どうも朝組の評判を観ると、あまり芳しくない。なかなかの酷評にかなりハードルを下げていったのだが、それが逆に良かったのかもしれない。この映画、確かに「変な作品」ではあるのだが、一応筋は通っているし、割とハラハラさせてくれる。アメリカのB級映画を観た時のような奇妙な感覚があった。
まずは”それ”の正体について。結論から言うと、人間の子どもを喰らう異星人だった。森に潜伏し、森にやって来た子どもを襲い、果てには人里に降りて子どもを誘拐する。両腕が鋭利であっさりと人間の体を貫くことが可能で、意思疎通はほぼ不可能な存在。ホラーと言いつつ、どちらかというとトンチキSF風味な作品なのである。
正直”それ”の正体については、物語序盤でUFO(ロケットみたいな銀色の宇宙船)が登場したことでまあ何となく察しがつく。予告であれだけ引っ張った割に、ミスリードもなくストレートにエイリアンだったので、若干肩透かしにすら感じたほど。ただ逆に言えば、邦画で「エイリアンに襲われる村」なんていう題材をやって客を呼び込むのは大ヒット漫画の実写化でない限り難しいように感じるし、プロモーションはだいせいかいだったと思う。そして何より、こういう「どうしようもないレベルのB級映画」が日本で、しかもトップアイドルの一人を主演に作られたことが何だか無性に嬉しい。
SFというだけで一般客からは敬遠されてしまうのが日本である。海外でもそうかもしれないが、私は海外の傾向には詳しくない。少なくとも日本でオリジナルのSF映画が全国公開規模で作られることはほとんどないだろう。しかし、それをやってのけたのがこの『”それ”がいる森』なのだ。奇しくも先月公開されたジョーダン・ピール監督の『NOPE/ノープ』も、予告では徹底的に怪異の正体を隠しつつ、本編を観るとちょっと笑っちゃうレベルの漫画的SF映画だった。怪異が人を攫うというのも共通している。諸々の映像技術やお話のクオリティ、作り込みについては『NOPE/ノープ』が圧倒的に優位だが、『”それ”がいる森』は日本人にとってキャスト的な意味で非常に優しい作り。相葉雅紀主演、その息子には顔の良いジャニーズJr.の上原剣心(剣心って名前すごいですね…)、野間口徹が融通の利かない教頭を演じ、小日向文世が60年間エイリアンを追うおじいちゃんを熱演。ホラー作品好きには、白石晃士監督作品でお馴染みの宇野正平が出ているのも嬉しい。
お話は至ってシンプルで、相葉雅紀親子の確執を軸に、エイリアンとの戦いが描かれていく。何故か義父から嫌われ、家出してきた相葉雅紀。その3年後、同じく家を飛び出した息子が、彼の元を訪ねてくる。そこから始まる息子の一也の小学校エピソードが良い。都会っ子というだけでいじめてくる陰湿なガキ、そして彼に秘密基地を教えて仲良く接してくれる気の良いぽっちゃり少年。宝物まで見せてくれるその姿は、どこか懐かしい感じを醸し出してくれる。この辺の子どもたちの人間関係がしっかりと描かれているのが、何だか逆に奇妙。だがその分、ぽっちゃり少年がエイリアンに捕食された時は本当に悲しかったし、一也の「これ以上誰も傷ついてほしくない」という思いに、こちらの気持ちも乗せられていく。
だからこそ、終盤でエイリアンが学校を攻めてきた時に、同級生たちがほぼ活躍を見せないのが非常に残念。ヒーローを気取って連れ去られちゃった少年って、いじめっ子の主犯ではなかったってことでいいのだろうか。主犯の子は最後にサッカーやってたから違うと思ったのだが、どうにも顔が覚えられなかった。ここはエイリアン退治で和解したり、友情を育んだり認め合ったりと、いくらでも序盤の人間ドラマを活かせたと思うので、非常に残念。
また、一也が父親である淳一に言う「また逃げるの?」も、うまく機能していなかった。ここに関しては本当に、自分の息子である一也を助けるだけでなく、エイリアンを全滅させるよう行動するだけでテーマの回収になるはず。それなのに淳一はどこまでも一也のために動くし、最終的に倒すことができたエイリアンも1体のみ。これはアクション的な意味でも本当に残念。エイリアンの弱点が病気になったオレンジだと分かったのだから、自作の武器にそのエキスを垂らしてどんどんエイリアンを退けていく…なんてことになれば、きっと伝説の映画になっていただろう。というか、絶対そうなるだろうと思って観ていたので、速攻で棒を捨てた時に「は?」と思わず声が出そうになった。しかもエイリアンもエイリアンで勝手に帰るし…。全然一件落着じゃないというか、ここで「いや帰らせるかよ!全滅させてやる!」くらいの気概を淳一には見せてほしかったところである。
結果的に親子の確執という点も非常に中途半端だし、一也の行動は結果的に淳一の助けがなければ全く成立せず、あまりに無謀と言わざるを得ない。それでいてそこをしっかりと諭せず、ただ「危ないだろ」の一点張りの淳一も頼りない。マジでエイリアンを親子でばっさばっさ倒していくだけで絶対もっと評価は上がったと思うので、最後まで静かに終わってしまうのが本当に残念である。松本穂香の、子どもを守ろうとする鋭い目つきは非常に良かった。小日向さんも強キャラ感満載だったので、バックアップに徹するのではなく、共にオレンジエキスの棒をぶん回して最終決戦に参戦してほしかったところ。
エイリアンの存在に一早く気づいた一般市民が、誰にも信用されない中で先駆けて戦うという王道の流れ。そしてそのための伏線(オレンジなど)もちゃんと張られていたのだが、うまく観客のテンションを上げられなかったのが残念。エイリアンでした!というネタバラシで力尽きてしまったような印象を受ける。中田監督の作品の中ではある意味手堅いのだが、もう少し新鮮味というか、インパクトがほしかったのは事実。
とはいえ「変な映画」ではあるので、B級映画としてビール片手に仲間内でわいわい実況中継しながら観るのには適していると思う。怖いか怖くないかで言うと特に怖くもないのだが、ツッコミを入れながら観るのにちょうど良い。情報量もそんなに多くなく、例えるならば児童向けのホラー小説くらいの分かりやすさ。あまりに分かりやすすぎるからこそ、もう1つ跳ねる点が欲しくなる。しかしそれでも、こういう変な映画が全国規模でトップアイドルを主演に据えて公開されたということは、かなり嬉しいものである。TSUTAYAで「これ面白そう」と変なタイトルに釣られて借りたB級ホラーくらいには楽しめるのだ。
それに加え、近年の中田監督のどうしようもない部分だった「ダラダラ演出」が圧倒的に少ないのも好印象。エイリアンが平気で人を殺したり喰ったりするバケモノだし、動きが俊敏なので人があっさり死ぬ。幽霊がゆっくり襲ってきてしまうせいで全然怖くない…という不満が続いていたので、このスピード感はよかった。それに、あまりに唐突だったり突飛だったりする展開はない。むしろ伏線が非常に分かりやすく張られていて、逆に物足りなくなるレベルだ。
ある意味「映画初心者」、いや「物語初心者」に優しい作りになっている。こういう映画、映画を多く観ている人間はつい馬鹿にしてしまいがちなのだが、そもそも映画というのは大衆娯楽。特にホラー映画というジャンルは、怖がるために観に来る人も多く、そういう人は映画など一切観ない人も多いだろう。何となく劇場に来たカップルだってたくさんいるはずだ。そういう人達が難解で不条理なホラーを体験し、映画への興味を失ってしまうということは大いにあり得る。だからこそ、こういう「分かりやすい」映画は、映画という事業が存続する上で非常に大切なことなのだろう。
中田監督の近年のキャリアを踏まえると、どうしてもこの映画も嘲笑ってしまいがち。確かに完成度が高いとは言えないものの、それでもこういう分かりやすいホラー映画というのは、とても意義のある映画だと思う。また、これまで多くのJホラーが「怪異は続くよどこまでも…」と言わんばかりに、終わったと思っていた幽霊が生きていて主人公が殺されるエンドが続いていた。大概のJホラーは、そういう不条理さをウリにしている。だが、今作は敵がエイリアンということもあり、きちんと「人間が対抗できる」存在なのである。倒せる敵という形のJホラー(SFかもしれないが)は、ある意味新鮮である。
「変な映画」ではあるが、この分かりやすい物語が、ホラーを観に来た子供たちの胸に刻まれると思うと、ある意味清々しい気持ちになれる。子どもの人間関係の描写に重きを置いているのも、きっと子どもたち目線の物語にしようという意図があるのではないだろうか。持ち上げるには微妙だが、一蹴するのは勿体ない。そんな不思議な手触りの映画であった。