映画『愛してる!』 ホラーの名手・白石晃士監督の真骨頂をロマンポルノで

すごいものを観た!というのが取り急ぎの感想。日活ロマンポルノと言われてもポルノが好きというわけじゃないし、むしろ映画館で知らん人達とポルノ一緒に観るのってどうなの?とそもそもジャンル自体に懐疑的だったのだけれど、『コワすぎ!』から大好きになった白石晃士監督の新作と聞けば、観ないわけにはいかない。初日、人影もまばらな映画館で鑑賞したのだが、これがま〜〜〜〜傑作。泣いた。

白石監督、ホラーやサスペンスだけじゃなくて、ポルノもいけるのかよ…!と驚くと同時に、確かに『コワすぎ!FILE04』や『地獄少女』も女性同士の関係を描いたものとしてとても評判になっていた(そもそも需要がなかった部分だけに余計に「百合上手くないか!?」みたいな)ことを思い出す。だからこそ、白石監督のファンである『愛してる!』に感動するのは必然。直接的なセリフこそないものの、「正しくあるために、間違ったことをする」という白石イズムはしっかりと継承されている。そして高嶋政宏がストーリーの原案(?)を務めてもいるらしく、随所に出てくるのだが、これがまた面白すぎる。渦中のryuchellが小慣れた手つきでしっかりと演技をこなしてるのも良い。そして何より、女性陣の体当たり演技がとにかく最高なのである。

 

つい最近『オカルトの森へようこそ』で、白石監督成分をふんだんに摂取したばかりなのに、こんなに立て続けに監督が本領を発揮した新作が観られて良いのだろうかという罪悪感さえある。ましてYouTubeでも短編を出しているし、『コワすぎ!』の新作まで撮影しているという。うれしい悲鳴が止まらない。この『愛してる!』は上映劇場こそ少なく、ポルノ映画であるために万人におすすめはできないものの、白石監督の作品のどれかに惹かれたことがある人には、ぜひ観てほしい。とにかくエネルギーに満ちた作品なのだ。

 

元プロレスラーの地下アイドル・ミサが、ライブを観にきていたSMラウンジのオーナーに素質を見出され、女王様としてスカウトされる。ライバルの正統派アイドル・ユメカと距離感の近い男をセクハラと見做してラリアットする辺りで、もう一気に世界観に引き込まれる。ミサは粗雑で男勝りで、独自の世界観と感性の持ち主。それでいて自分の信念に真っ直ぐでノータイムで行動に移せる勝ち気な女性。そんな彼女が、SMラウンジ「H」の女王様・カノンと出会うことで奴隷としての自分に喜びを覚えていく。

 

この映画には2つの要素があると思う。

1つは「女性同士のラブストーリー」。俗に百合と呼ばれる関係性である。

もう1つが「自身を解き放つ」こと。それをこの映画は「変態です!」とアピールすることによって成立させている。こちらについては、笑わずにはいられない、高嶋政宏の記者会見に全てが集約されていると言っていいだろう。

 

ミサはカノンと出会い、女王様研修の一環で彼女の奴隷となる。それによりカノンを愛するようになるが、アイドルのライブ終わりに現れて、バイブ入れて外に出てと命令する彼女を止めようとしてしまう。カノンの心情はほとんど劇中で語られないが、おそらく彼女は真の自分を曝け出せる、「本当の変態」「真の奴隷」を求めていたのだろう。ミサがカノンに惹かれていったように、カノンも出会い頭の陰毛剃りで、ミサを意識するようになったのだと思う。お世辞にも人付き合いが上手いとは言えないカノンが唯一心を開いていたミサ。しかしミサは常軌を逸したカノンの言葉に戸惑ってしまう。それは当然なのだが、同時にその「当然」は、2人の信頼関係を打ち砕くものだったのだ。

 

カノンは音信不通。ミサは店に来ていた高嶋政宏に相談する。「裸で街歩けって言われたらどうしますか?」。高嶋政宏はそれはやってみたいと答える。

裸で街を歩くことやSMなど、どう考えても馬鹿馬鹿しいとしか思えないのだが、この映画はそんな馬鹿馬鹿しいものを題材にしつつ、SMSの普及で欲望が抑圧されていく世界に警鐘を鳴らす。もちろん、あってはならないものはある。映画で高嶋政宏がやったような、全裸で外を歩くのはタブーだ。タブーだからこそ、それを大真面目にやることが、映画においては面白い。

 

しかし現代は、自分の嫌いなものはとにかく叩く人が可視化され、それだけでなく、そうした人達の声が遠くまで届くようになってしまっている。うちはうち、よそはよそ。そうした棲み分けができず、目につく嫌なものを排除しようという試み。昨今だとAV新法なんかは正にそれかもしれない。当事者の声を蔑ろにして、見たくないものには蓋をするどころか消し去ろうとする人々。それができてしまう世の中。それを支えに生きてきた人々からしたら、実に生きづらい世界になってしまった。逆に排除する側は常に「良いことをした」という気分でいる。これほど胸糞悪いことはない。

 

しかし、そうして排除されそうになる「変態性」を肯定してくれるのがこの映画だ。しかもSMに飲尿、とにかく下劣な映像のオンパレード。それでも何かを肯定しようとする怒涛の勢いが感じられて、つい目頭が熱くなってしまう。

 

そこにミサのラブストーリーが乗っかっていく。彼女にとってSMとの出会いはカノンとの出会いであり、歪な始まりとはいえ、これは確かに恋愛なのだ。彼女の言葉に一喜一憂し、素っ気ない態度にやきもきさせられる。そんなミサがストップワードの「愛してる!」を心からカノンに叫んだ時にも、涙が溢れた。

 

思えば配信の「愛してるよー!」のコメントに対して、ミサが「愛してるは簡単に使う言葉じゃねえ」と静かに怒り、「絶対に言わない言葉」とストップワードを説明されて「愛してる!」を選んだのは、物語としてあまりに出来が良すぎる。しっかり伏線を張っているのに、やっていることは紛れもないポルノというギャップ。手堅い作りでアングラをやっている面白さ。ポルノでさえなければかなり正統派なのだ。

 

ミサの裸、そしてミサとカノンとユメカのやり取りが生配信され、ミサのアイドル活動は更に絶好調に。そして彼女のライブに現れるカノン。共に乳房を曝け出し、圧巻のパフォーマンスを披露。そこに参加できない悔しさと、2人のパフォーマンスに圧倒される恍惚が綯い交ぜになっている観客のユメカも最高。

 

あのライブ映像だけでもどこかで手軽に観られるようにしてほしい(裸なので無理だろうが…)。とにかく熱量のあるシーンで、ラストにふさわしい勢いがあった。

 

カノンはきっと、自分が「真っ当な」人間でないことを知っている。だからこそSMラウンジに居たのだろうし、そこで出会ったミサに何かを感じ、惹かれたのだろう。自分と似ている人、自分を理解してくれると感じた人。そんな人と出会うことの感動は、誰にでも経験があるはずだ。ミサの心情がメインで進む映画だが、裏にあるカノンの心の動きも、推し量れてしまう。それこそがこの映画のすごいところである。そしてラストで2人が変態に成ってしまっても、観客の目線としてユメカが機能する。2人の関係に身悶えし、言葉にできない感情を表現してくれる貴重な存在である。

 

他にも、白石監督お馴染みのメンバーが何人か登場していて、それも見どころである。特に『コワすぎ!』で工藤を演じた大迫さんはとにかくすごい。あれだけ『コワすぎ!』で人も霊もボコボコにしていた男が、全裸で四つん這いになって鞭で打たれるのだ。最後、何故かパンイチでカノンの騎馬になって出てくるのも、とてつもない衝撃。次に工藤を見た時、「うああっ!」と声を出しただけで笑ってしまうかもしれない。

 

ポルノという低俗と思われやすいジャンルだからこそ、「変態」というワードを軸に、アングラに生きる人々の孤独と愛を描いたこの作品。誰しもが抱える変態性は、本来は個性のはずなのに、大衆の前では良いものと悪いものに二分されてしまう。その危うさを説きつつも、そこで仲間を見つけ愛を手にすることの喜びが痛いほど伝わってくる見事な作品だった。とにかく演者さんの演技に圧倒されたので、全員がもっともっと様々な作品で活躍できたらいいなと思う。