映画『スラムドッグス』評価・ネタバレ感想! 下品さと犬の青春マリアージュ

 

 

 

”『TED』のユニバーサルが送る”

 

このフレーズだけでどういう作品なのか伝わってしまうくらい、はっきりとした輪郭を得ている映画『TED』もすごいが、このフレーズで宣伝される『スラムドッグス』はさらにすごい。下品な下ネタのオンパレードなのに、純粋無垢な少年が仲間との冒険によって自分の本当の価値を見出す青春ロードムービーとしてすごく上手くできている。個人的には下ネタのキツいコメディはあまり得意ではなく、正直『TED』のノリもかなり限界だった。しかし『スラムドッグス』に関してはそれらがノイズどころか理想的なスパイスとなっていると言えるほどに、ドラマの完成度が高い。青春ロードムービーのセオリーを着実に抑えつつ、個性豊かな犬の下品なやり取りで見事に独自性を手にしている。くだらなすぎてバカみたいなやり取りも、犬のお遊びならこんなに許せるのかと勉強になった。

 

クソ飼い主に捨てられたと気づいた犬のレジーは、道中で出会った仲間達と共に、飼い主の局部を噛みちぎる復讐の旅を始める。

ストーリーを言うのなら本当にこれだけ。この映画が持つグロテスクさと下劣さがこのストーリーに端的に表されている。しかし、この「クソ飼い主に捨てられた」の演出が素晴らしい。こんな下品な映画に似合わないほどに素晴らしすぎるのだ。レジーを捨てるために飼い主はわざわざ車で遠出し、ボールを遠くへ投げる。そのまま速攻で車に乗り込み帰宅。これでようやく別れられると思いきや、少し時間が経てばすぐにボールを咥えたレジーが戻ってきてしまう。飼い主からしたら迷惑極まりない話なのだが、自分が飼い主に好かれていると勘違いしている(この映画ではレジー達犬は人間の言葉までは理解していないらしい)レジーは、新しいゲームだと思い込んで健気にボールを持ってくる。可愛らしいワンちゃんが薄汚れたまま自宅に戻ってくるシーンが繰り返される冒頭は、それだけで涙を誘う。犬ってこんなにかわいいんだ…と気付かされ、こんな可愛い存在を平気で捨てようとしている飼い主に対して、こちらも自然とヘイトが溜まっていく。

 

しかし、車で3時間掛けて向かった街でのゲームにて、とうとうレジーは力尽きてしまう。そこで出会った犬達に自分は嫌われており捨てられたのだと気付かされ、大好きな飼い主に認めてもらうため、自分の過ちを正すために改めて帰宅を決意する。ここまでされてなお、飼い主を想うレジー。だが冒険の中で彼は遂に「自分は悪くない」ことに思い至り、彼が大好きな自分の局部を噛みちぎることを決める。「アソコを噛みちぎってやるぜ!」で充分面白いのに、それに至るまでの心の動きをしっかりと描く真面目さ。元々のネタが悪ふざけなのだから、それ以外はせめてマトモであろうとする作り手の気概が垣間見えてとても良かった。

 

コメディ映画、まして下ネタの多い作品は、とにかく下劣であることに全フリしている映画も多い。物語よりもノリが優先され、徹夜で思いついたくだらないネタが闇鍋の如く次々と投入される…。もちろんその結果観た人が面白いと思えれば素晴らしいことなのだが、個人的には下劣さの強い映画には抵抗を持ってしまう。私が観たいのは下劣なギャグではなく、下劣さの伴ったストーリーなのだ。もちろんギャグのオンパレードのような作品の存在ごと否定するつもりはないけれど、映画にするのならやはり物語が重要であってほしいなあとは思う。その点『スラムドッグス』はワンちゃん達のアホみたいな復讐劇というワンアイデアに胡座をかかず、ロードムービー(車で3時間だけど)としての感動やお約束がたっぷりと詰まっている。それこそモロにオマージュがあったが、『スタンド・バイ・ミー』的な青春冒険譚、一夏の成長にも似た輝かしい瞬間がたくさん詰め込まれていた。

 

捨てられたから飼い主の局部を噛みちぎりに行く。

本当にこれだけの物語なのに、仲間と共に楽しく過ごす彼等に感動させられてしまう。4人でおしっこを掛け合うシーンなんて本当に最高だった。普通の青春ドラマなら夜のプールや川岸で水を掛け合うようにして演出される美しさを、尿や便でやり通してしまう気概。これはおそらくいい年したおじさん達がやっていたらかなり無理なラインだったのだけれど、犬なのでなんの抵抗もない。というかこの映画、感動系の犬映画を露骨に批判する割に犬達をすごく可愛らしく描いてくるので犬映画としても全然侮れない。人間の青春としては下品すぎるけど、犬の青春はきっとこんな感じなんだろうなあとまで思わされてしまうのだ。

 

ジー以外にも、警察犬になれなかったハンターがコンプレックスを抱えていたり、バグも過去に殺処分されそうになり少女に対してトラウマを抱いている。そんな彼等がレジーと出会い、共に旅をすることで救われていく。その流れがあまりに美しすぎるのに、下品具合が程よく庶民感を醸し出している。明らかにB級映画の括りなのだけれど、作り手はA級と言っても全く問題ないほどに、こちらの感動ポイントを的確に突いてくるのだ。レジーが「お前が悪いんだ!」と飼い主を罵倒するラストシーンには思わず心を打たれてしまった。

 

後はデニス・クエイドのシーン。観た時は意味深に挿入されるものよく分からず後で調べたのだけれど、『僕のワンダフル・ライフ』の人か〜となって鑑賞後にじわじわ来た。「ナレーション犬」もそうだが、感動系犬映画をしっかりと揶揄しているのも面白い。そして改めて、国内外問わず、泣かせるタイプの犬映画って本当に多いなあと。でもちゃんと泣かせてくれるからすごい。犬って人の胸を打つこともできるし、下ネタの下劣さを緩和することもできる。CGで簡単に自然な犬の演技を作り出せる現代、もっとすごい犬映画がこれからも生まれてくる予感がある。まずは『スラムドッグス』の続編、全然シリーズ化できそうな話だし、キャラクターももっと掘り下げられそうなのでぜひ同じ製作陣でやってほしい。