映画『バズ・ライトイヤー』評価・ネタバレ感想! バズの名を冠した上質SFアニメ

バズ・ライトイヤー (小学館ジュニア文庫 ジル 3-1)

 

アンディが観ていた『バズ・ライトイヤー』という作品はどのようなものだったのか。気になると言われれば気になるが、別に語らなくてもいいように思うが、映画として公開される日が来るとは夢にも思わなかった。

私は『トイ・ストーリー』は4作に加えスピンオフ等も全て観ているものの、そこまで思い入れは持っていない。ただ、『トイ・ストーリー3』のラストに号泣し、『トイ・ストーリー4』のオチに唖然とした程度の感情の動きしか持たない人間である。

 

『3』から大きく舵を切った『4』は、シリーズのファンの予想と期待を大きく裏切る形になっていたかもしれない。それでも『4』って泣けるよね、という絶賛のニュアンスを耳にすることもある。その振れ幅こそが、『トイ・ストーリー』という作品のファン層の分厚さ、人気を示しているのではないだろうか。

だがウッディがあの結末になったことで、もう『トイ・ストーリー』関連の新作は厳しいと個人的には思っていた。そこに現れた『バズ・ライトイヤー』。まさかまさかのバズの劇中劇。アンディがバズのフィギュアを買ったのは、どのような作品に胸を打たれたからなのか…。ハードルをぶち上げてでもそんな作品を世に出したいのかと、ピクサーの本気度が垣間見える。

 

しかし、いざ公開が近づくと、バズの声優が所ジョージでなく鈴木亮平だったり。顔の造形も異なっていたり、と不安が大きくなっていく。ちなみに声優の変更は本国でもされており、新しいバズにはキャプテン・アメリカでお馴染みのクリス・エヴァンスが起用されている。これも海外では結構批判の的だったらしい。

そもそも映画やアニメを基に作られる「玩具」は「再現性」こそが命。『トイ・ストーリー』においては最初に玩具を知るという本来と逆の構図ではあるものの、玩具の声が所ジョージなら、本編も所ジョージで然るべきだろう。例えば仮面ライダーの変身ベルトなんかでも、普段テレビで観ている変身音と違うものが鳴れば、ガッカリを通り越して不良品を疑ってしまうはずだ。

 

もちろん「アニメなんだから細かいことは気にしないで」と言われればそれまでなのだけれども、『トイ・ストーリー4』という作品に悲しみを覚えた経験が、どうにも心を乱してしまうのだ。「本当に大丈夫?」「バズまでトイ4案件なの?」と、不安が積み重なっていくうちに、興味も薄れていった。予告を観ると「何か地味だな…」くらいの感想しか言うことができなかった。『トイ・ストーリー』ではないから当たり前なのだけれど、これでちゃんとヒットするのかな…と、業界人でもないのに変に心配してしまっていた。

 

だが、私は間違っていた。

観終わった今なら分かる。これは「『トイ・ストーリー』の劇中劇」という次元ではなく、「SFやりたいけど、ディズニーファンには受け入れてもらえなさそうだから主演をバズにするぜ!」という、トイ・ストーリー人気を逆手に取った、躊躇なし、純度100%の本気のSF作品だったのである。

 

スター・ウォーズ』はもちろん、『オデッセイ』『インターステラー』など、数々のSF作品のネタが散りばめられた、知っている人ほど深みにはまっていく構図。特に『スター・ウォーズ』はもう風景やコマ割りまで「まんまじゃねえか!」と思えるほど。

序盤のバズの「新人なんていらん。一人で充分だ」というセリフから、あっさりと「バズが仲間の大切さに思い至る物語」だということが察せられる。そしてその予想を裏切らず、面白さの意味で期待は大きく上回る、安心安定のピクサークオリティ。

 

 

 

 

己の力を過信したことで1200人以上のクルーを故郷に帰れなくしてしまったバズ。正直もうここで「うわ、マジかよバズ…」みたいな気持ちが強まる。お前、オリジナルでも迷惑なやつなのかよ…と。私は『トイ・ストーリー』1作目のバズの身勝手さが本当に無理なタイプなので、これは逆にいいなと思った。原作リスペクト的な意味で。

 

その失敗をどうにか取り戻そうと挑む度に、周囲の人々はどんどん年を取り、気になっていた女性は結婚、出産、そして死亡…。軽快なテンポで悲哀を演出し、キャラクターへの没入感を深める手腕はさすがピクサー。私たちが知るバズでは決してないのだけれど、もうこの時点で新しいバズを見捨てられなくなってしまう。『カールじいさん』のオープニングなんかもそうだけど、ピクサーはマジで人間の一生をしれっと描くことに関しては最強だと思っている。

 

バズの相棒である猫型ロボットのソックスも絶妙な可愛さが最高。吹替だと声はかまいたちの山内。優秀な上にバズのメンタルサポートも怠らず、憎たらしさもなく、説教もしてこない。人類は2022年にしてサポートロボットのキャラクターの最終形態に辿り着いてしまったかもしれない。アンディもきっと大人になってこの作品を観返せば、ソックスの玩具が欲しくなるはずだ。

 

未知の惑星での冒険、自分だけが年を取る、宇宙船、などなど。SF映画っぽい要素がどんどん盛り込まれていくにつれ、「これ、マジで大丈夫か?」という不安が強まる。正直、普段からSF映画に触れている私は楽しくて仕方がない。小ネタ探しに躍起になっていると、物語の面白さが後ろから襲ってくる。心の中の少年心を死ぬほどくすぐられ、スクリーンから目が離せない。だが、「トイ・ストーリーが好きで観に来た人にこれは刺さるか?」という疑問も、どうしても拭えなかった。映画なんて所詮個人の好みなのだが、あまりのSF加減に心配になってくるレベルなのだ。

 

そして、かつての仲間の孫、イジーと出会うバズ。エネルギーも確保し、後は基地に戻れば地球に生還できるはずだったのだが、ザーグと名乗る者と引き連れたロボット達の手により、人類はピンチを迎えていたのだ。

そう、遂にあの「ザーグ」が登場である。

トイ・ストーリー2』でザーグは「バズの父親」であることが明かされている。それを知ったバズは「嘘だあああああああ」と奈落に落ちていくのだが、これは『スター・ウォーズ エピソードⅤ』のオマージュ。ダース・ベイダーが自分の父親であることを知ったルークの構図そっくり、どころかそのままである。映画でもこのザーグの正体を引っ張るのだが、観客の方がバズ達よりも先にその正体を知っているという奇妙さ。

 

そしていざザーグと向き合い、遂に正体が判明する…。

「父さん…?」おおっ!と思った。この「観客の共通認識」を如何にして裏切るのかというのが、この映画のキモだと思っていたからである。

しかし、違った。

ザーグの正体は「未来のバズ」だったのだ。

 

無事に成功を収め、エネルギーを手にしたバズ。しかしその行動は人々に受け入れられず、彼は追われる身となった。逃げた先でロボット達の乗る宇宙船を見つけ、過去を変え、自分の失敗そのものをなかったことにしようと画策していたのである。そのためにタイムトラベルを行い、ザーグと名乗ってこの時間軸に現れ、バズの持つエネルギーを奪おうとしたのだ。

過去の…もう一人の自分なら絶対に賛同してくれるだろうと思っていたが、全てをなかったことにしようとするザーグの計画に、バズは反対。ザーグの計画を阻止するため、バズは奔走することとなる。

 

普通の映画だったら、王道の上、納得もいくし、ザーグの悲壮感も強調されるし、バズの「過去との決別」の側面もよくできているし、とにかく絶賛できたと思う。だが、「ザーグはバズの父親」という多くのファンが認識しているであろう前提をどう料理するか。それこそがこの映画のキモだと思っていた私としては、正直肩透かしであった。この映画を貶す理由には決してなり得ないが、最初に「父さん…?」とバズに言わせたのも興醒めである。悪くない展開だが、過去作から逃げるようにしたこの設定にガッカリしてしまったのは事実だ。

 

 

 

 

しかし、それを補って余りあるドラマ性が、この映画にはあったと思う。宇宙が怖いイジーがバズを助けるために恐怖を克服し、へっぽこ男(三木眞一郎なので声だけは最高)と囚人おばあさんのコンビも、軽快なやり取りが観ていて楽しい。そして何より、自分で何でもできると信じて人を信用してこなかったバズが、彼等との共闘で仲間の大切さを知る流れは、しっかりと感動にいざなってくれる。

 

長い間、場所としての「故郷」にこだわっていたバズが、人との繋がりの中で現在地を「故郷」と言えるようになるというオチが、個人的に最高だった。正直鑑賞しながら私も「いやこんな辺鄙な星で結婚とかするよりも、故郷に帰ろうとするバズの方が正しいのでは…?」と思っていたのだ。しかし、人々にとっては繋がりこそが「故郷」であり、バズは少し遅れてそのことに気付いたのだろう。拘りの強い男が、お茶目なキャラクターやおバカな面々に心を解されていくのは、やはり見ていて気持ちが良い。

 

バズの顔が違うことも、バズの声が違うことも、ザーグがバズの父親でなかったことも、決して目を瞑れることではないだろう。しかし、映画の本質はそこではないと思う。SFという、普段映画を観ない層にはとっつきにくいジャンルを、見事に分かりやすく感動的に作ってくれたこと。これは本当に嬉しさしかない。

 

レビューなどを読むと「トイ・ストーリーより薄っぺらい」と言う声も多いが、SF作品で「薄っぺらい」ものを作るのがどれほど大変か、SF映画を何本か観ている方にはよく分かるはずだ。バズの活躍、物語のテーマをしっかりと据えつつ、分かりづらくしない。この手腕に脱帽させられてしまったのである。

 

トイ・ストーリー』との矛盾が発生しているため、シリーズを追ってきた方が必ず満足するとは言い難い出来栄えかもしれない。だが、ピクサーが本格的かつ多くのSF映画にリスペクトを捧げた素晴らしい作品を世に生み出したことは、記念すべきことだと個人的には思う。

上映初日は1日で割引デーだったにも関わらず、ほとんど人は入っていなかった…。何とか巻き返してほしいが、どうだろう。