映画『ブラック・フォン』評価・ネタバレ感想! 少年の成長を描いた、個性派ジュブナイルホラー

イーサン・ホークが不気味なマスクをつけた連続誘拐殺人犯を演じる、ユニバーサルホラーの新作『ブラック・フォン』。

誘拐された少年フィニーが監禁された地下室には断線した黒電話が設置されており、突如鳴り出すその電話を取ると、なんとこれまでに殺された少年たちと繋がり…という、斬新ではあるものの、如何せん地味な引き。予告時点では、イーサン・ホークの迫力だけで成り立っているような印象すら受けた。

ユニバーサルのホラーは引きこそうまいものの、実際に観てみると「見掛け倒しだな…」と消化不良を抱えずに劇場を後にすることも少なくない。ただ『ドクター・ストレンジ』のスコット・デリクソン監督が「ストレンジ2」を断ってまでやりたかった作品と聞くと、どうしても興味が湧いてしまうのだ。ホラーファンとしては、あの巨匠スティーヴン・キングの息子(ジョー・ヒル)の作品が原作というのも興味深い。

 

そして鑑賞すると、確かに「スティーヴン・キング感」が全編に漂っており、上質な短編を読んだ後のような、何とも言えない清涼感が心に広がった。『ストレンジャー・シングス』等により年々勢力を増している、数十年前のアメリカを舞台にした少年の成長譚、ジュブナイルホラーとしてとても面白い作品だったと思う。

 

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連続で子どもが誘拐されている…という物騒な街の説明から始まる辺りは、『IT』などを彷彿とさせる。自分が真っ先に思い浮かべたのは、『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部だった。ジョジョの荒木先生もホラー大好きなのできっとこの辺りを着想にしていたのだと思う。

主人公は学校でいじめられ、暴力的な父親にちゃんと反抗することもできず言いなりになってしまうような、内気で弱気な少年フィニー。一方妹のグウェンは勝ち気で、奇妙な夢を見ることに悩んでいた。

 

 

 

 

友人までもが誘拐され落ち込んでいたフィニーは、偶然出会った男に突然車に押し入れられる。彼こそがグラバーと呼ばれる連続誘拐犯だった。

状況や舞台設定を丁寧に説明し、不穏な雰囲気をしっかりと醸し出してくれる素晴らしいオープニング。こちらの没入感が高まったところで、遂にフィニーが誘拐され、物語が動き出す。

繋がらないはずの黒電話。突如鳴り出したその電話を取ると、殺された少年たちが次々にヒントをくれる。

グラバーが鍵を開けていったから出ていこうとすると、「それは罠だ」と教えてくれたり。「彼はゲームをしているけど、君がそれに参加しないから殺さない」と、グラバーのルールについても解説してくれる。「穴を掘れ」や「電線を隠したから窓の格子に引っ掛けろ」などのミッションを次々と与えてくれる彼らに、こちらまで不思議と勇気づけられていく。

 

それと同時に、この緊迫感がこの映画最大のキモでもあった。いつグラバーが降りてくるか分からない、タイムリミットも不明、グラバーの動機や行動理念のヒントも乏しい状態で、ただ言われるがままにミッションをこなさなくてはならないフィニー。

このスリルだけで眠気は吹き飛び、気づけばフィニーを全身全霊で応援したくなっている。最後に彼に電話をかけてきた友人とのやり取りには思わず涙。

「ブラック・フォン」つまり黒電話を通しての死者からのメッセージで犯人を倒すという美しい流れとタイトル回収。それにも関わらず最後のアドバイスが「万策尽きたから受話器に砂を詰めてあいつを殴れ」という力技なのは笑ってしまう。ブラック・フォンにはそういう使い方もあるのだ。

 

個人的には、フィニーが一度脱出し、すぐに外で捕まってから、話のトーンが大きく変わったように思う。

それまでは圧倒的に弱者の立場であるフィニーと観客がリンクし、恐怖や緊迫感が生まれていた。

しかし、「居眠りをすることもある」というグラバーのお茶目な一面が明らかになったことで、「こいつ、倒せるぞ!」という雰囲気が漂い始め、フィニーVSグラバーの構図が対等性を帯びてくるのだ。

 

過去の面々が成し遂げられなかったことを、電話という絆を使ってフィニーがやり遂げるラストは圧巻。戸惑いも迷いもなく、戦いに身を投じる彼の目は、オープニングとはまるで別人。2時間もしないうちに、ここまで演技の幅を見せてくれるとは…!

 

 

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ただ同時に、原作を削った結果なのか「これ、いる?」と存在を疑問に感じてしまうキャラや設定も多々あったように思う。

まずは、グラバーの弟の存在。何故か警察の捜査に積極的…どころか自身で進んで事件の調査を進めていて、兄貴の家に居候しているのにアメリカの刑事ドラマとかでよくある、壁に新聞記事などを貼り付けるやつまでやっている。全てはお前の足元で起きているというのに…。

 

キャラクターは個性的だし、最終的に真相に辿り着く頭の良さも発揮していたし、何よりグラバーの抑止力にもなっているという美味しい役どころだったのだが、映画自体は彼がいてもいなくても成立してしまう。

フィニーと会ってしまったことで、グラバーが彼を殺すことにも、正直そこまで感情は湧いてこない。弟が出てくるシーンも少ないため、グラバーのキャラ理解にも役立っていないし、他のキャラクターとの関係性も薄い。でもアクは強いし、クスリまでやっている。映画の物語自体はシンプルで好きなのだけれど、その分「特徴的」で終わってしまう記号的なキャラクターの彼が、どうしても気になってしまった。小説ではもっと良い役割を与えられているのだろうか。

 

次に妹グウェンである。この映画の感想を読むと、「監禁された兄と、事件に関する夢を見る妹の2つの視点からストーリーが進む」とよく言われており、そこが評価されている節がある。

ただ私としては、「妹パート、いるか?」と存在意義に疑問を感じてしまった。

 

父親に虐げられ、学校ではいじめられるフィニーの心の拠り所の一つとして、共に理不尽に立ち向かう妹という存在は、とても希望的だと思う。2人の母親が霊能力者っぽいという設定があるのも、結構好きだ。

そのためか、グウェンは母親と同様に、奇妙な夢を見るようになる。観客の視点からすると、フィニーに電話をかけてきた子どもの過去を、グウェンの夢と言う形で垣間見ることになる構造。最終的にグウェンは夢でグラバーの拠点にまでたどり着き、警察に通報する。

 

これだけ聞くと非常に重要な立ち位置に思えるが、よく考えるとグウェンのパートはなくても成立してしまうのだ。子どもたちの過去は物語としてマストではないし、キャラクターの視点でなくとも、それとなく挿入しても別に構わない。

そして何より、フィニーが勝利しグラバーを倒せたことに、グウェンは一切関係がない。グウェンが家を見つけて通報しようとしまいと、フィニーはあの時点で既に覚悟を決めていたわけだし、実際グウェンが通報した家の向かい側こそがグラバーの拠点だったというオチ。

 

本来これなら、一度グウェンが失敗して、警察から「夢ごときで警察を呼ぶな!」と叱咤され父親からも見放され…その後に遂に正解に辿り着くというのがセオリーだろう。

だが、そのようなことは全くないし、グラバーを殺して外に出たフィニーからすれば「お、なんかちょうどいいタイミングで妹いるじゃん」くらいの感覚だ。もちろん、最終的にグウェンを抱きしめるフィニーには、つい涙を流してしまう程の感動がある。だが、やっぱりどうもグウェンの夢と本編の流れが、「説明」以上のリンクを持たない点は気になってしまった。

 

後は演出面。スコット・デリクソン監督は比較的ビックリホラーの系統の方だと思ってはいたのだが、今作は特に「大きい音でビビらせる」だけの手法が目についた。確かに一般的な恐怖=ホラー要素は薄く、どちらかというとサイコサスペンスの趣のこの映画。しかしだからと言って、「バン!」と急な爆音でこちらを驚かせてくる必要は一切ない。そんな姑息な方法を使わなくても、いつグラバーが来るか分からない&行動原理が一切不明というだけで、十分に恐怖を演出できているのに…。というか、子どもたちが殺害された時の姿で出てくる演出も別に不要だったように思う。フィニーにとっては味方なわけだし。

 

と、気になったところをくどくど述べてしまったのだが、個人的にはかなり「アタリ」な映画だった。全編に渡って漂う緊迫感。そして覚悟を決めていくフィニーの成長。それに、フィニーがあんな状況に陥ってもくよくよしたり悩んだり喚いたりしないのがよかった。あの歳で監禁されておまけに死者から電話がきたらパニックになってもおかしくないのに…。

 

グラバーの人物描写が薄い上に動機や人間性が分からずじまいなことを指摘するレビューもあったが、個人的にはそこに不満はない。もちろん、不要に感じられた弟やグウェンを削って、グラバーVSフィニーの構図を純度100%にしてくれてもよかったなとは思うが、正直充分面白かったので、これで満足である。

 

死者からの協力という、ともすればハートフルに陥りそうなパターンの映画ではあった。私はホラーかと思いきやハートフルなエンドというパターンが本当に無理な人間なので、最終的に復讐譚かつバトルものの流れに変わったのは嬉しい。

2時間もない尺だが、しっかりと作品にのめり込み、フィニーの恐怖とドキドキをじっくり味わうことができる、良いホラー作品だったと思う。

 

 

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