映画『デッドプール&ウルヴァリン』感想

遠慮なく映画のネタバレをしているため、未見の方はご注意ください。

 

 

正直に告白すると、デッドプールのことがずっと嫌いだった。アメコミ原書に詳しくない自分にとっては2016年公開の映画『デッドプール』が実質彼との出会いであり(その前に日本のアニメに出ていたのも観ていたがあまり記憶にない)、当時は他のマーベル映画と比べて明らかな低予算っぷりにがっかりしてしまったのである。続く2作目、1作目の大ヒットを受けて他の映画と遜色ない規模にはなっていたものの、演出が全く肌に合わなかった。デヴィッド・リーチ監督の会話劇のテンポが冗長に感じられて全く面白く思えなかった自分は、「デッドプール2最高!」という世間のテンションについていけず、デッドプールは自分のためのキャラクターではないのだなと割り切ることになる。ちなみに、デヴィッド・リーチ監督が合わないと思ったのも『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』を観て気づいたことだったため、ワイスピ公開までは本当に辛い思い出になっている。「デッドプールが面白くない?頭おかしいんじゃないの?」と言ってくるような空気感が当時はあった。何なら、今もある気がしている。だが、デッドプールに前のめりになれなかった私にも遂に転機が訪れる。それが3作目、ディズニー傘下でのR15指定、MCU初のデッドプール映画、ヒュー・ジャックマン演じるウルヴァリンとのW主演という、異例のサプライズで華々しく公開された『デッドプール&ウルヴァリン』である。端的に言って、本当に面白かった。素晴らしかった。こんなにも映画愛に溢れた作品を世に出す力が、まだMCUに残っていたとは。

 

おそらくMCUやアメコミ映画を追っていた人は、『アベンジャーズ』4作で各々戦っていたヒーローが共闘する豪華な画面に心を打たれ続け、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の3スパイダーマン勢揃いというサプライズに声を失い、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』でのプロフェッサーX登場に色んな意味で驚かされたことだと思う。もちろんそれらを全く通っていない人もいるかもしれない。ディズニープラスという配信サービスの普及もあって、それくらいMCU映画は多くの人々にとって身近なものになった。長年追い続けたファンはサプライズに涙し、初見の人でも1本の映画として楽しむことができ、過去作を履修したくなる。そんな作りが画期的だったMCUは、いつしか数十作の映画に加え配信限定のドラマまで盛り込み、「ヒーロー映画飽和状態」を作り上げてしまった…というのが現在の状態。当然ながら映画やドラマが公開される度にヒーローやヴィランは増え続け、同時に続きものだと知ることで観客は興味を失い減少し続けていく。『エンドゲーム』で世界のトップにまで躍り出たシリーズであったのに、それからたったの5年で赤字を出す作品まで作ってしまった。

 

そんな状況で繰り出されるMCU渾身の一作。デッドプールMCU入りを果たすというのもR指定的な意味で凄いが、何より凄いのはウルヴァリンとのW主演映画であるということ。これにより、20世紀FOX買収によって実質打ち切りになっていたX-MENシリーズにも光が当たる形に。X-MENシリーズが大好きな自分としては、ウルヴァリンの登場は「いよいよ」という感があった。落ちぶれつつあるMCUが再び話題性で勝負できるのは、もはや「X-MENを取り込む」しかないかもしれないという思いさえあったのだ。だが、ただX-MENMCUに入れるのでは意味がない。何作も続くシリーズがあった以上、当時のキャストに出てもらわなければせっかくのサプライズも無価値になってしまう。そんな中で繰り出されたヒュー・ジャックマンの復活。一時期は引退宣言までしていただけに、特大サプライズとなって世界中に激震を走らせた。しかも過去作では着ることのなかったアメコミ風真っ黄色コスチューム。映画のタイトルにまで加えられ、カメオ出演程度ではないのは確定。型破りがウリのデッドプールが、とんでもないことをやってのけてくれた。

 

と、前提はここまでにして感想を。率直に言うとすごく面白かったし、何より楽しかった。自分は公開2日目に観たため、初日勢のネットの感想が目に入ってきてしまったのだが、その中でも驚いたのが『仮面ライダージオウ Over Quartzer』に近いという意見。しかも1人や2人が言っているのではない。簡単に説明すると、この『OQ』は平成ライダーのトリを飾ることとなったジオウの集大成的な映画で、各作品が独自の世界観を持ち、故に一括りにすることが困難になってしまった平成仮面ライダーというシリーズを、「それぞれが時代の中で頑張ってきた結果、統一性がなくなった。そのバラバラなところこそがこのシリーズの素晴らしいところだ」と全肯定するという試みに挑んでいる。世間に駄作とされる作品や明らかに路線変更を迫られた作品、そういった事情を全て包括した上で、「無駄なものはなかった」と歴史として語り継いでいくことを決意するのである。その『OQ』と近いということは、ウルヴァリンも出ることだし、必然的にX-MENシリーズの凹凸(世界観を整えたり中途半端に終わってしまったりしたこと)の整理を行う作品なのかなと思って鑑賞したのだが、違った。いや正確にはやっていることはそれだし実際『OQ』にはかなり近いのだが、整える対象はX-MENではなく、非MCUのマーベル映画全てだったのである。何という大規模な離れ業だろうか。公開直前に『ローガン』のローラが登場することが明かされ、サプライズを1つ失ってしまって大丈夫なのかと勝手に懸念していたが、全く問題はなかった。なぜならそれ以上のサプライズが山ほど用意されているのである。ローラなど、氷山の一角にすぎなかったのだ。

 

クリス・エヴァンスのヒューマン・トーチ、ブレイドエレクトラ、そして製作中止になったチャニング・テイタムガンビット。ちょっと違うクリエヴァに爆笑してしまったし、ガンビットには「そんなネタまで拾うの!?」と驚嘆した。おそらくは製作側の事情を知らなければ微塵も面白くないであろう場面。一応訛りが強いというキャラづけはされているが、字幕や吹き替えではそれは大した面白さには繋がらないはずだ。完全なる初見殺し。先に言っておくと、自分は「知っているほど楽しめる」系の映画があまり好きではない。しかし今回は、MCUにハマった当時、過去にいろんなアメコミ映画を観てきた自分を褒め称えてあげたい。たくさんの映画を観てきて本当に良かった。この映画がマーベル映画のごちゃついた歴史を肯定してくれるのと同様、それをきちんと追っていた自分のこともつい肯定したくなる。公開時にエレクトラブレイドを観ていた人の興奮はもっと凄いものなのだろう。たとえ打ち切られてしまったとしても、つまらなかったとしても、作り手や鑑賞者がその映画に費やした時間は無駄ではない。なぜならこの『デッドプール&ウルヴァリン』が全て認めてくれるからである。

 

冒頭、『ローガン』で亡くなったウルヴァリンの墓を掘り起こすシーンからしてもう素晴らしい。美しく散ったキャラを墓荒らしで強引に復活させようとする構図が、型破りなデッドプールのやり方として見事。掘り起こしても結局ウルヴァリンは骨だけ(しかもアダマンチウム製で銀ピカなのが余計に笑える)で、その遺骨を使って襲いかかって来たTVAの面々を次々に殺していく。ウルヴァリンのように器用に戦えない様子も面白おかしく、このスタートダッシュで「デッドプールはディズニーに来ても方向性を変えないぜ!」を見せてくれるのが嬉しい。そこから話が過去に戻り、デッドプールは消滅の危機にある自分の世界…そして数少ない自分の友人のために戦っているということが判明。その鍵を握るのが、彼の世界で「アンカー」とされていたローガンだったのだ。死んでしまった彼の穴を埋めるために、デッドプールは他のマルチバースのローガンにアプローチをかける。その1人としてヘンリー・カヴィルが出てくるのには笑ってしまった。そういえばそんな話があったな…と遠い過去に思いを馳せつつ、最終的に選ばれたのはTVAのパラドックス曰く「最低の」ローガン。彼は何かを抱えている様子で、デッドプールの誘いにも全然乗り気ではなかった。パラドックスによって「虚無」に送られてしまった2人は、虚無から脱出し世界を救うために奔走する。この物語は、ヒーローになり損ねた2人の男が、ヒーローになるまでをメタ的な視点を上手く取り入れつつ描いているのである。

 

第四の壁を超えられるデッドプールが、FOX傘下で2作の映画が作られたもののその後はFOXの買収によって存続が危ぶまれたことは言うまでもなく、今作のウルヴァリンにも、X-MENの勧誘を断ったことで仲間達を救えなかったという後悔がある。何としても自分の世界を救いたいデッドプールと、その思いに共感しながらも素直になれないウルヴァリン。2人は喧嘩(で済まされるレベルではないが)を繰り返しながらも、徐々に共闘へと向かっていく。バディものの王道を踏襲しつつも、随所に挿入されるメタ的な小ネタが退屈を許さない。マーベル映画の歴史を知っていれば知っているほどツボを押されるという体験はかなり稀有なものだった。同時に、「これデッドプールぐらいしか知らない人はどんな気持ちなんだろう…」と心配にもなってしまう。それくらい、人を選ぶ映画だった。R15指定というだけでもふるいにかけられるのに、中身までまるで定期試験のように予習が必須。その感想は人それぞれだろうが、後にも先にもこんな映画を実現できるのはデッドプールくらいだろうなと思わせてくれる。そういう意味で非常に愛しい映画であることは間違いない。幸い、今の時代は小ネタを丁寧に解説してくれるサイトもたくさんあるので、分からなくても鑑賞後に調べることができる。今作を楽しめなかった人も、インターネットで元ネタに触れ、そこから更にMCU映画が盛り上がる(いい加減に始まってくれMCUブレイド…)ことに期待したい。

 

メタ的な視点を抜きにしてもこの映画には圧倒させられるシーンがたくさんあった。それはやはりアクション。車内でのデッドプールウルヴァリンの夜通しのバトルは圧巻。互いが超再生能力を持っているがゆえに、まるで決着がつかないという状況を逆手に取り、2人とも本気なのにギャグに見えてくる。そして大量のデッドプールとの大乱戦。まさに血で血を洗うような残虐なバトルが横からのカットで描かれていく様には思わず圧倒されてしまった。途中からバスの中に移行するのも素晴らしい。別カットが挟まれはするものの、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー vol.3』の長回しアクションにも似た高揚感に包まれる。また、今回のヴィランであるカサンドラ・ノヴァを演じるエマ・コリンの演技も素晴らしい。MCUヴィランの中でもかなり強いほうだと思うのだが、サイコキネシスを使う際の表情や目線、手指の動きや首の傾げ方、そのどれもに柔らかな愛嬌と妖しげな恐ろしさが同居していて、出番は少ないながら多大なる存在感を発揮している。この1作でリタイアというのがあまりに勿体無いくらいである。プロフェッサーの双子の妹というだけでも危機感が伝わってくる上に、演技力も合わさってかなり魅力的なキャラだった。

 

ただやはり引っ掛かった部分もある。それは小ネタがあまりに面白すぎるために、本編が疎かになっているように感じられてしまう点だ。悪い脚本とまでは言わないが、メタ的な面白さの比重が強いゆえにどうしてもストーリーラインが小粒に思えてしまう。あくまで私見だが、2人のヒーローが立ち上がる分かりやすい物語は、既存のヒーロー映画の枠組みを超えることはなかった。何より残念だったのが、ヒュー・ジャックマンウルヴァリンが華々しく復活する映画でありながら、そのウルヴァリンが実は観客の誰も知らない世界線ウルヴァリンだったこと。鑑賞中は仄めかされる彼の過去から「ファイナル・ディシジョン後の世界なのかな…」「フューチャー&パストでセンチネルに皆殺しにされた世界線かな…」などと考えていたのだが、蓋を開けてみると全く知らない過去をサラっと出されたので驚いてしまった。もちろん、誰も知らないウルヴァリンだからこそ心に訴えてくる部分もある。それは何よりあの真っ黄色のコスチュームが代表していて、X-MEN入りを拒絶していた彼があのスーツに身を包んでヒーローとして立ち上がるという意味が込められているのだ。その感動は真っ赤なデッドプールとの対比もあって素晴らしいと思うのだが、それでも「もう一歩…!」と思ってしまうようなメインストーリーだった。期待しすぎていたのかもしれないが、どうにもこじんまりとした印象を受けてしまったのである。過去の遺産を掘り起こすというテーマとは裏腹に、肝心のストーリーは迫力に欠けるというか…。そのせいか、サプライズが落ち着いてからはこちらのテンションも下がってしまった。というよりも、最後の最後までサプライズで驚かせてくれるのではという期待があった分、ブレイド達との共闘以降は、興奮待ちみたいな状態になってしまったのである。大量のデッドプールと戦うシーンはさすがの迫力だったが、それ以降は正直期待を上回ることはなかった。何ならエンディング後にとんでもないものが観られるのではと期待したのだが…。そういう意味では残念な結果になってしまったのも事実である。

 

また、今回のウルヴァリン登場によってMCUX-MENが合流したのかと思うと、そうでもない様子。パンフレットで知ったのだが、映画の企画中にヒュー・ジャックマンが突然ライアンに「もう一度ウルヴァリンをやれるかもしれない」と電話を掛けたことがこの映画の発端だった様子。つまりMCUは偶然にもヒューの心変わりに恵まれただけで、明確にX-MENを復活させる目論見があるとは限らない。もちろん、『マーベルズ』のラストでハンク達が登場したことを考えれば、合流の日も遠くはないのかもしれないが…。それまでにはまだ相当な時間がかかるのではないかと思う。

 

ただ、繰り返しにはなるがデッドプール3作の中では最も面白かった。『フリー・ガイ』も楽しめたし、ショーン・レヴィ監督の演出が自分には合っているのかもしれない。コメディチックでありながら感動を呼べる傑作を生みだす、素晴らしいクリエイターだと思う。なお、もし『デッドプール2』のほうが好きだったという人がいたのなら、2を監督したデヴィッド・リーチ監督の新作で、スタントマンが危険な陰謀に巻き込まれる『フォールガイ』が控えているので、注目してもいいかもしれない。逆に今作に魅了された人には、まず以下の作品を観てもらいたい。

 

 

 

エレクトラ (字幕版)

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  • ウィル・ユン・リー
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その上で、ショーン・レヴィ監督とヒューが組んだ『リアル・スティール』、監督とライアン・レイノルズが組んだ『フリー・ガイ』。この2点も素晴らしい作品なので未見ならばぜひチェックしてもらいたい。

 

 

 

MCUには現在かなり逆風が吹いているように見えるが、『デッドプールウルヴァリン』にはそれを吹き飛ばすきっかけとなる力を示してくれた作品だった。残念ながら単体で吹き飛ばすまでには至らなかったように思うが、それでもこれからのMCUにはサムがキャプテン・アメリカとして戦う映画まで控えているのだ。否が応でも期待は高まる。アベンジャーズの新作にルッソ兄弟が起用されるという話も出ているため、まだまだMCUは捨てたものではない。そしてあわよくば、ウルヴァリンに限らずマカヴォイやファスベンダーさえもMCU入りを果たしてくれないだろうか。