はじめに
М-1グランプリ2024、本当に物凄い戦いだった。
自分は毎年決勝には目を通していて、2021の真空ジェシカのあまりの面白さに笑い転げたことで彼等のラジオ番組や出演するテレビ番組、配信ライブなどからお笑いの世界にのめり込み、その奥の深さに酔いしれる結果となった。1つの芸人を追っていくと、自然と他の芸人に関しての知識もついていく。真空ジェシカのラジオを聴いていれば、必然ゲストとしてよく登場するダイヤモンド、ママタルト、虹の黄昏などのこともチェックするようになり、彼等を楽しみにしてM-1の1回戦動画などから観ていくと、全く知らない芸人との素晴らしい出会いが待っていたりする。昔は決勝だけを観て、「この芸人は面白くないな」などとTVの前で好き勝手言っていたはずなのに、今は芸人についての裏事情が頭に入っている分、様々な角度から決勝を楽しむことができる。「この組に優勝してほしい」もあるし、逆に「好きだからこそ優勝してほしくない、M-1に出続けてほしい」もあるし、「この人たちがスベったらどうしよう」もある。年に一度の祭典M-1決勝がこんなにも自分の生活の中で地位を占めてくるなんて、コロナ前の自分だったら信じられないほどだ。
12月22日に決勝戦が開催されたM-1グランプリ2024、自分は当日夜までの食事等の準備を整えて敗者復活戦からTVにかじりついていた。この生活ももう3年目である。3年前、初めてちゃんと観た敗者復活戦でヤーレンズと令和ロマンの弾けっぷりに腹を抱えて笑い、昨年はスタミナパンに脳を焼かれ、トム・ブラウンに圧倒され、エバースの技術に息を呑んだ。世の中にはこんなに面白い人達がいるという世界の広さを、M-1グランプリは教えてくれる。私の本命は今年のABCお笑いグランプリでその存在を知った金魚番長だったのだが、Aブロックを通過したものの、最終審査にて1票しか勝ち取れずに敗退。これはいけるのではないかと期待値が高かった分、落胆も大きかった。しかし、M-1慣れしていない彼等のネタには緊張が見えてしまっていたのも事実。決勝を終え、令和ロマンの2連覇という快挙を目の当たりにしてしまった今だから言えるのだが、おそらく金魚番長が決勝の舞台にコマを進めるべきは今年ではなかった。金魚番長のネタは本当にどれも面白いのだが、それでも今年の決勝の、令和ロマンという魔王のスタミナを全員で削りにかかっていくような恐るべき戦いに彼等を巻き込むのは違ったと思う。M-1グランプリ2024は正に猛者達の戦い。運命が魔王に味方した世紀の頂上決戦。真空ジェシカにハマった2021から、2022、2023と毎年M-1を楽しみにし、笑神籤という残酷なシステムに時にはアパート暮らしであることを忘れて叫びながら観賞していたわけだが、こんなに複雑な感情を抱いた大会は初めてだった。「誰が優勝するのだろう」ではなく「誰か魔王を倒してくれ」という切実な祈り。期待をかけるも次々と敗れる挑戦者達の姿に、気付けばお笑いの大会を観ているとは思えないほど感情を動かされていた。
ここからは出演順に1組ずつ話していきたい。そのほうが自分の気持ちの整理ができる。
- はじめに
- 1組目:令和ロマン
- 2組目:ヤーレンズ
- 3組目:真空ジェシカ
- 4組目:マユリカ
- 5組目:ダイタク
- 6組目:ジョックロック
- 7組目:バッテリィズ
- 8組目:ママタルト
- 9組目:エバース
- 10組目:トム・ブラウン
- 最終決戦1組目:真空ジェシカ
- 最終決戦2組目:令和ロマン
- 最終決戦2組目:バッテリィズ
- 最後に
- ネタ紹介
1組目:令和ロマン
魔王、降臨。あまりにも早すぎる。三連単の予想などを見ても圧倒的な令和ロマン票。昨年トップバッターで登場しそのまま優勝を搔っ攫った若手芸人という怪物。くるまの分析キャラ(というか実際お笑いを分析する客観的な目線を持ち、それを自分のスタイルに落とし込めているのがあまりにすごい)と、ケムリのお金持ち&ヒゲキャラはかなり分かりやすく、それでいてネタのチョイスも物凄い。2022の敗者復活戦で初めて観た時にはあまりボケなさそうな顔をしたくるまが軽快な動きで場を翻弄する姿に圧倒されたが、その実力は更に磨かれ、史上初の2連覇へと王手をかけた。
1組目に令和ロマンが選ばれた時、私は内心「よかった!」と思っていた。正直、決勝メンバーが発表された時点で令和ロマンの2連覇を止める戦いになってほしいと願っていたので、ここに来て1組目というのはかなりのハンデになるだろうと。2連覇を狙う魔王を倒すのが誰であっても構わない。ヤーレンズが昨年の雪辱を晴らす結果になっても、4度目にして遂に真空ジェシカが彼等を降しても、初出場のダークホースが圧倒しても。1組目はまだ会場の空気も緊張していてなかなか優勝に結びつかないというジンクスを、令和ロマンは昨年軽々と跳ねのけた。しかし、それも2年連続はないはずだ。むしろ中盤や後半、会場が暖まった頃に出てきて大きく跳ねる方が危険。だからこの1組目は、正解…!
その予想は一瞬で崩壊する。「2連覇を狙う令和ロマンが昨年に引き続き1組目」。運命を味方につけたこの追い風の吹き方に、会場は湧き、一瞬にして空気が彼等の色に染まってしまった。テレビ越しでも分かる異様な熱気。評価が優先される大会の空気は消え去り、「確実に面白いものをトップバッターで見られる」という期待に覆われていく。そして案の定、爆笑を掻っ攫ってしまった。掴みの「終わらせましょう」から完璧。2連覇を狙う魔王キャラを自らに付与し、同じ人物なのに服装や髪型で全く違う風格を見せつけてくるくるまの姿に思わず委縮してしまうほどだった。苗字のネタという日本人あるあるで完全に観客を味方につける。自分は令和ロマンがまたウケることはないだろうなと思っていたのだが、大間違いを恥じなければならない。これまでと顔ぶれの変わった審査員メンバーですら彼等に高得点をつけ、結果的に2位通過で最終決戦へとコマを進める。昨年王者が運と実力を同時に発動して場を圧倒し、M-1グランプリ2024の風向きは一気に変わってしまった。「誰が令和ロマンを倒すんだろうな」というワクワクが、「こいつらを倒せる奴等がここにいるのか…?」という不安に襲われる。2連覇を成し遂げたら本当に世界を征服してしまうのではないかと思えるほどの風格が、今年の令和ロマンにはあった。
2組目:ヤーレンズ
昨年の結果から令和ロマンのライバルとしての印象が強いヤーレンズが、まさかの2組目。この並びには思わず叫んでしまった。令和ロマンVSヤーレンズという、昨年から誰もが待ち望んだカードがこんなに早い段階で切られてしまうのか、と。ネタは昨年同様漫才コント。楢原の独特なキャラクターから次々と繰り出される小ボケで観客に息つく暇を与えない連撃システムである。単純な言葉遊びだけでなく、出井のツッコミワードのセンスや、お決まりとなった「大丈夫でしょ」というネタに入る前の不思議なやり取りが刺激的。だが、昨年でネタが割れてしまったのが大きいかもしれない。要は「ヤーレンズはこういうネタをやる人達」というのが世間・観客・審査員にも広く知れ渡ってしまったせいで、その期待値を超えられなかったのだろう。
ネタは準決勝とほぼ同じ。準決勝の配信は歌部分が全て無音になってしまうので、その謎が明かされたのはよかった。石川さゆりが間違えて坂本冬美になってしまうとこ、本当に面白かったのに全然ウケてなくて悲しい。個人的には2022の敗者復活でその面白さに感動した人間なので、充分に今年のネタも楽しめたのだが、やはり順番もよくなかったのだろう。魔王・令和ロマンに対抗できる唯一の実力者。そのプレッシャーを跳ね除ける見事な漫才を披露していたはずだが、人々が彼等に求めるものはもっと大きな力だったのかもしれない。後は審査員の変化も大きく響いているのかもと思った。ヤーレンズは大好きなのだけれど、審査員の顔ぶれが来年また一気に変化しない限りは、なかなかの鬼門になってしまう…そんな印象を受ける。ヤーレンズが振るわないという予想とかけ離れた結果に、審査員の変化による大会自体への影響を感じずにはいられなかった。
ネタの話をすると、「お米が立ってる!」からの「新米のくせに!!」はもっとウケてよかったと思う。ただ、システムは去年の「メンジャミン・バトン」と似てしまっていた(店の名前イジリもそうだし、楢原が変な店主という設定は全く同じ)ため、その既視感が令和ロマンほどの爆発力を生み出せなかったのかもしれない。チョコザップ結構低いとか、息子の名前が石川亮とか、鈴木宗男かとかもっと跳ねてよかったはず。ヤーレンズの秒速アハ体験的な笑いはかなり好みだったので、これからもより洗練していってほしい。余談だが、彼等のラジオ番組はかなり凄いのでまだ聴いてない方がいたらぜひ聴いてもらいたい。中身のない話を延々と展開し続け、脱線に脱線を繰り返し地平線へとリスナーをいざなうその手腕に感動するはずだ。
令和ロマンの対抗馬として最有力だったヤーレンズが、審査員にあまり評価されないまま敗れるという予想を大きく覆す結果となった。これはもう『呪術廻戦』の新宿戦である。宿儺との一騎打ちの果てに、五条悟が体を真っ二つにされた時の衝撃がまざまざと蘇る。
ヤーレンズの死を悼む暇もなく
戦地に投入されたのは
アンコントロールⅣ
3組目:真空ジェシカ
ここも叫んだ。昨年覇者、昨年2位に続いて4連続出場で知名度も高い真空ジェシカが3組目。天の采配に驚愕する。大会のバランスが偏っていってしまわないかと、一視聴者のくせにそんなことまで考えてしまう。というか強い(と予想されている)組から順に魔王とぶつかることになるなんて、本当に宿儺戦になってしまうではないか。記事の始めに真空ジェシカにハマったことでお笑いにのめり込んだと書いたが、正直真空ジェシカには優勝する力はないと思っていた。インターネットから飛び出してきたような言葉遊びを武器とする彼等のネタはSNSでこそ爆発的にウケるものの、M-1の審査員にはハマらない。それが私の見解だったためである。
しかし、今年は審査員の顔ぶれが大きく変わった。最初に発表された時に思ったのは、「これは真空ジェシカが優勝もあるのではないか?」ということ。以前の審査員よりも比較的若く、M-1経験済みのメンバーがかなりの数を占める。この状況なら真空ジェシカも上位にいけるのではないかと思っていたが、その予想が正に当たる形に。とはいえ、ここまでウケるとは想像していなかったので、彼等の根強い人気に慄いている。実際、4度目ということでもはや緊張もほとんどなく、令和ロマンやヤーレンズという今年の主力メンバーとイジり合える立ち位置にある実力者であるため、彼等に続く3組目というのは正にホームグラウンドだったのかもしれない。川北の掴み「終わらせましょう」が全てを持って行ったような印象がある。決勝の一巡目で他の組のネタをイジるのはM-1では御法度な感もあるが、ヤーレンズと真空は令和ロマンの魔王っぷりをうまく利用して、魔王の作った瘴気に自ら飛び込んだとも言えるだろう。
こちらもネタは準決勝とほぼ同じ。私も最近知ったのだが、配信でネタを事前に知られてしまう現代においては、当日の会場とライブビューイングと約半日しかない配信でしか堪能できない準決勝ネタを決勝に持ってくるのが結構一般的らしい。準決勝を観たのは今年が初めてだったのだが、決勝組のほとんどが同じネタであるため、その洗練され具合や逆に緊張具合を知ることができるのが面白い。だが、既にネタを知った状態で決勝を観ることになるため、お笑いを楽しむというワクワク感は薄くなってしまうかもしれない。それでも今年は打倒魔王の構図にハラハラさせられ、一瞬も緊張の糸が緩むことがなかったが。また、自分はこのネタのあのフレーズ好きだったのに決勝だと全然ウケないのかあという見方もあるため、やはり準決勝は目を通しておいてよかったなと思う。
自分は川北によってガクが悪者もしくは失礼扱いされる瞬間が大好きなので、「ジャンプは全部面白いですけどね」がかなり良かった。2021年の「ミッキーは1人でしょ」に匹敵する良さ。ラジオのリスナーである自分からすると、武田鉄矢系のネタは感慨深い。彼等が開いたイベントでリスナーに選ばれた1位のネタメールが武田鉄矢ものだったためである。ここに書くのは面白さを損ねることにも繋がってしまうので、ぜひ#1から聴いてそこに辿り着いてもらいたい。〇〇の逆というネタもかなり好きなため、「武田鉄矢」の逆として「武田よく寝る」、「贈る言葉」の逆として「貰い画像」、「人という字」の逆として「ユウジという人」のオンパレードは決勝で見られて嬉しかった。
まさか彼等が4度目にしてこんなに跳ねるとは思わなかったため、正直一夜明けた今もまだ驚いている。だが、彼等の2本目を見られたことも感慨深く、そういう意味で真空ジェシカ周りのことはすごく楽しむことができた。
4組目:マユリカ
敗者復活戦は本当に金魚番長に勝ってほしかった人間かつ、マユリカにあまり魅力を感じていない人間なのでサラッとになってしまうがやはり順番に驚く。4組目ですら決勝経験組。そして、それでも燦然とトップに輝き続ける令和ロマン。敗者復活戦なんて所詮人気投票と揶揄されることもあるが、その「人気投票」で上がってきた強烈なキャラ漫才ですら令和ロマンを降すことは叶わなかった。
自分はうんこサンドイッチなどのフレーズにはそんなに惹かれなかったのだが、モーニングセットからのゆで卵で参戦はかなり良かったと思う。キラーフレーズも飛び出しSNSをも熱狂させる実力は流石。敗者復活戦とは趣向の違うネタをやってくれたのも嬉しい。ただ真空ジェシカの最新のラジオで「去年彼等が散々文句を言っていた『2人はキモダチ』というフレーズを決める時に、彼等自身も参加していた」というとんでもない疑惑が浮上していたため、その真相を早く知りたい。
5組目:ダイタク
ダイタク、結構本命だった。優勝するのではと予想していた。自分にとっての一番は彼等ではないのだけれど、熟練の双子漫才は審査員にウケるはず…と思っていたのだが。令和ロマンが持って行った空気感に呑まれ、あっさりと瞬殺されてしまった。THE・漫才というようなコテコテのやり方がもう今年の大会フォーマットに沿っていなかったのだろう。王道の掴み「伝家の宝刀」が披露された時には湧いたものの、若干早口なやり取りが既に前4組のスタイルと乖離しており、これは相手が悪かったと言わざるを得ない。
ネタ自体はこちらも準決勝と同じ。自分は去年の敗者復活戦でやっていた2人の父親がボウリングでめきめき実力を発揮し世界大会に出場している(今も記録を更新し続けている)というのを言うだけのネタが本当に面白かったので、それに比べるとややパワーが落ちるネタだったのかもしれない。「おい言うな!」という彼等の名フレーズもこのネタでは1回しか出ないため、消化不良感もある。多分決勝に来るのがもう1,2年早ければどこかのタイミングで優勝していたはず。何よりも、準決勝より緊張しているのが如実に伝わってきてしまっていた。とはいえ、ラストイヤーというプレッシャーもある中で本当によくやったなと。もっと場数を踏んでいれば絶対に勝っていた。魔王が1組目で空気を暖めさえしなければ研ぎ澄まされたダイタクの漫才が勝利を収めていたはずなのだ。4組目までが決勝経験組という奇跡的な采配の中で、初出場のダイタクが思ったより振るわず、更に大会は泥沼と化していく。ここからのメンバーはほとんどが決勝初進出なのに、この空気を誰がぶち破れるのか…。私は大好きなエバースが大してウケずに敗れてしまうのではないかという不安と、トム・ブラウンに全てをぶち壊してもらいたいという期待で心が圧し潰されそうになっていた。魔王の圧倒的な実力で、決勝経験組がかろうじて生き残り、新人が呆気なく屠られていく…こんな大会は見たくない…。マユリカ辺りからは本気でそう思ってしまっていたのである。
6組目:ジョックロック
強烈な個性をもったコンビ。ネタ自体はNHK新人お笑い大賞でも見たし、準決勝でも同じネタをやっていたので自分が見るのは3度目。実はこのNHK新人お笑い大賞での優勝者がエバースで彼等は準優勝。つまりジョックロックにとってはエバースへの雪辱を晴らす戦いでもあったのだ。令和ロマンVSヤーレンズという構図が、そのままエバースVSジョックロックにも当てはまる。10歳の年齢差に加え、結成から2年でここまで上り詰める鬼才。特徴的なのは髪型だけでなく、足を大きく開きマイクに向かって大声で2段構えのツッコミを披露する福本ユウショウの個性的なキャラクターもである。『エンタの神様』や『爆笑レッドカーペット』などのネタ番組が次々に終わり、一発屋芸人という文化が生まれづらくなった現代において、M-1でこういった真似したくなるキャラクターが出てきてくれるのは嬉しい。漫才自体も面白いため、決して彼等は一発屋にはならないと信じている。
結果こそ残念に終わってしまったものの、審査員からのコメントを真摯に受け止め、何とか場を繋ごうとする今大会最年少ゆうじろー(26)のピュアさに思わず涙してしまった。審査員も観客も、もう明らかに「令和ロマンを倒せるメンバーが残ってないな…」という空気を感じていて、審査も「何が駄目だったか」を分析する大会になってしまっていた。決してウケていないわけではなかったはずなのに。M-1グランプリには、こういった見ていて胸が痛くなる瞬間が時々ある。その度に、これはお笑いではなく競技なのだということを思い知らされてしまう。ゆうじろーとは正反対に、年上の福本がほとんど喋れておらず、今にも泣きだしそうな表情になっていたのも辛い。公式サイトの事前インタビューで彼等は「結成からずっとうまくいっている」というようなことを語っていたのに、こんなに苦い思いをすることになるとは…。それでもこの挫折が彼等を更なる高みへといざなってくれるはずなので、今後に期待したい。あと足大きく開くのが既に真空の川北に散々真似されてるのでそれだけでジョックロックが決勝に上がってきた価値は大いにあった。これからもずっとあのスタイルでやってほしい。
7組目:バッテリィズ
完全なるダークホース。自分はむしろ準決勝を観て「決勝進出組だとバッテリィズが一番面白さが分からないな…」と思っていたので、この結果は完全に予想外。だが、確かにエースのおバカキャラは今年の6組目までに存在していなかった見事な空白で、そしてそれこそが唯一令和ロマンを倒せる武器だったのだ。分析を得意とする令和ロマンが圧倒し、知能派や技巧派達が次々と敗れる中で、あの突き抜けた明るさは正に救世主。ネタ自体はこれも準決勝と同じだったために「面白い!」と特別言うことはできなかったのだけれど、それでも会場の空気感をガラッと変える姿には思わず感動してしまった。正直、もう令和ロマンを倒してくれさえすれれば誰でもいいという気持ちだったため、流れが変わったのが本当に嬉しかったのである。エースのキャラは一般ウケしそうなので、今後の活躍に期待したい。
8組目:ママタルト
真空ジェシカとかなり仲の良いコンビだったので、決勝初進出は本当に嬉しかった。と同時に、大鶴肥満の巨体を活かすだけでなく様々な切り口で披露される彼等の漫才が、M-1決勝でどのような結果になるかは非常に興味があった。確かに大鶴肥満はデカく、おそらく10年前ならその巨体だけでお茶の間の人気者になれていただろう。だが彼等のネタの強みはツッコミの檜原の遠回りなツッコミにある。デブやハゲという安直な言葉選びを決してしない彼等の人柄の良さがにじみ出る漫才が本当に好きなのだが、それは同時に分かりづらさにも繋がってしまう。決勝に来れたのは嬉しいが、ウケるかどうかは微妙…というのも感じてしまっていた。ある程度バラエティ番組に出演しているため、既にキャラクターが凝り固まってしまっているのも大きなハンデだったかもしれない。
ネタは準決勝と同じ。このネタの中で私が一番好きな「子どもが車道に!」がちゃんとウケていたのは良かったが、その後の「子どもが歩道に!」があんまりウケていなかったのは辛かった。大鶴肥満がダイナミックに動く辺りも全然ウケておらず、観ていて胸が痛んでしまう。ただ、明確に良くなかったなと思ったのは檜原の声の変化。反省会でそのことについても触れていたし、審査員も話していたが、確かに檜原の声の出し方がいつもと違った。大きさと高さが若干不協和音気味になってしまっており、何を言っているのか分からない箇所も多かったのである。大鶴肥満が何か変なことをして、観客に疑問を抱かせつつ、絶妙なタイミングで大声でツッコみつつ解説をする檜原という彼等の強みが、ほとんど発揮されない結果となってしまった。本当に勿体ない。気張りすぎていたのだろうか。
それでも彼等の明るさと人柄が本当に大好きなので、結果に負けずこれからも頑張っていってほしい。何より、「まーちゃんごめんね」を決勝で聞けたのが彼等のファンとして嬉しかった。素直に感動。
9組目:エバース
今年いくつもの大会に出場し、優勝している驚異的なコンビ。去年の敗者復活で知った私はそこから彼等のネタ動画を見漁っていたが、どれもこれも面白い。佐々木のひねくれた提案に追い詰められた町田が応え続けていく、放課後やファミレスでの会話のようなやり取りがとにかく楽しいコンビである。既に今年多くの大会に出場していた彼等自身、ネタストックの少なさに言及していたが、ここに来てまさかの準決勝とも違うネタを披露。正直準決勝と同じネタを出してくるコンビが多いため、自分にとって初めて見るネタというだけでエバースにはかなり笑わせてもらった。
大好きなコンビでその面白さをよく知っているからこそ、不安も大きかった。強烈なキャラを持たず言葉遊びもほとんどしない彼等の漫才は決勝で審査員に対してウケないのではないか…もしや大スベってしまうなどということはないか…。その不安が決勝進出が決まった時からずっと離れなかったのだが、エバースはやはり実力者。私の不安は杞憂に終わり、3位の真空ジェシカと1点差という結果で4位に漕ぎ付ける。おそらく来年以降のどこかで優勝するだろう。
ネタでいうと、最初の1分ほど、笑いが一切起きない設定の説明の件で本当にハラハラしてしまった。観客がほとんど笑わない状況で、「あ、ヤバい…」と感じてしまったのだが、「さすがに末締めだろ」で空気を一気に変える。溜めて溜めて溜めてワンフレーズで爆笑を掻っ攫う姿は正にヒーロー。そこからはエバースのいつもの空気を見事に出し切り、まだ知名度の低い中で強烈な印象を残してくれた。正直真空ジェシカはここで落ちると思っていたので、エバースが4位に落ち着いたことに驚く。だが、何度でも言うが、彼等は絶対いずれ優勝する。エバースのネタ動画はYouTubeにもたくさん上がっており、どのネタでも町田が酷い目に遭わされているので気になった人はぜひたくさん観てほしい。彼等の実力が知れ渡った状況なら、来年にでも優勝できるはず。
10組目:トム・ブラウン
これまた準決勝の話になってしまうのだが、後日の配信では歌パートの音が消えてしまうために彼等のネタのほとんどは無音状態だった。ナイトオブファイヤーを歌っていることは分かったものの、逆に無音で観るのが面白いという境地にまで達していたため、音有りバージョンを観ることができたのは素直に嬉しい。また、昨年の敗者復活戦で「ホントにウンチしてまーす!」のフレーズ1本で驚異的なインパクトを残したスタミナパンを瞬殺したトム・ブラウンがそのままエバースに瞬殺されるというハイクオリティな決戦が行われていたことを思うと、再び決勝の場でエバースと戦うことになるのが感慨深い。そしてネタのシステムも昨年の敗者復活戦と同様。6年前に突如登場し、ナカジマックスを誕生させるという意味不明な世界観で一躍大スターとなった彼等が、ラストイヤーで再び決勝の場に戻って来るというのは非常にドラマを感じる。決勝が始まる前までは、魔王令和ロマンを倒せるのはこの奇天烈コンビくらいなのではと思っていたし、エバースとの戦いやラストイヤーの重みなど、彼等はとにかくドラマ色が強い。多くのテレビ出演をしている分、観客も審査員も彼等の人となりを分かっており、それが既にアドバンテージになっている…はずだったのだが。
9組目までで分かっていたことではあるが、今年の審査員にはハマらなかったようである。独特な世界観にヘンテコな状況が次々に付与され、女性がホストの誘いを断れるようにアシストするという成功へと導かれていく様は圧巻。布川のツッコミがツッコミとして全然機能しておらず、Wボケにさえなっているのも刺激的だった。去年の敗者復活戦でもこれと同じような意味不明システムによって成功へと導いていくネタだったが、決勝でこれを披露したことにより、合体だけじゃないトム・ブラウンの魅力がお茶の間に伝わったのは嬉しい。彼等は優勝こそできなかったものの、これからも大好きなコンビであることには変わりないので、応援し続けたい。
最終決戦1組目:真空ジェシカ
今大会で一番笑った。真空ジェシカのネタは大体観てしまったと思っていた(現地参戦したこともないのに烏滸がましいが)のに、全く知らないネタだったこともあって純粋に楽しむことができた。いつもの小ボケ連発システムとは違い、川北が「状況に巻き込まれた」と丁寧に説明してくれる前フリが新鮮。少なくともM-1では既にパターンを作っている印象だったので、この転換だけでもう充分に面白い。
「智春さーん!」が遂にM-1の現場で見られたのも感慨深い。この掴みは彼等が昔からやっているボケで、何を隠そうラジオで掴みを募集するコーナーの名前も「智春さん」なのだ。言わば彼等の代表作であるこのボケを遂にここで観ることができる嬉しさに感動してしまう。そしてその直後の小さな「まーごめポーズ」。思い入れが深いのもあるが、これまで4年間の伏線回収がされていくようでドキドキした。決勝4度目なのに彼等はまだこんなにもワクワクさせてくれるのか。
長渕剛のライブの隣の会場でどんどんピアノが巨大化するアンジェラ・アキのライブがやっているという状況設定がもう素晴らしい。そしてそのアンジェラ・アキ一本で4分間を突き進んでいく強行突破。とにかくボケ数を多くしていくいつものスタイルとは違う切り口である。もちろん劇場の配信などではこういうネタもあったが、川北が沈黙を利用する場合は大概が妙なことになってしまう。シュールギャグの質感のほうが上回ってしまうために、人を選ぶ笑いとして受け取られるような印象があるのだ。
リンクを貼ったこのコントなどがまさにそうで、観てもらうと分かるのだが、序盤ではボケているのかすら分からない状況が長々と続く。そのため、時間制限のあるM-1では彼等の作り出す沈黙はなかなか厳しいものがあると思っていたのだが、今回はむしろその沈黙にこそ彼等の真髄があったように思う。
川北演じる暴走したアンジェラ・アキが演奏の邪魔をした観客を探すシーンは、髪型も相俟って映画『エイリアン』に登場したビッグチャップそのもの。見るからに気弱そうなガクがその怪物に怯え続けるという構図もしっかりハマっており、静かすぎるあまり隣の長渕がうっすら聞こえてくる演出も最高だった。真空ジェシカはまだまだこんなに面白いのかよと思わされる素晴らしいネタである。少し泳がせた後に最初の伴奏を誰が弾いていたかが判明するのも良かった。
最終決戦2組目:令和ロマン
準決勝と同じネタ。マイナーチェンジはされていた。真空と同様、1本目とはネタのスタイルを変えてきている。1本目がしゃべくりで、2本目は彼等の得意とするフィクションのあるあるをうまく利用した漫才コント。子どものわらべ歌、2.5次元っぽさ、何でも知る知識人の老人、タイムスリップによって特別な存在になった現代人などなど、多くの人がどこかでは見たことのあるキャラクターや展開をうまく利用して感動を生み出すその手腕が見事。洗練されている感じはないのだが、それでも美しいと思ってしまうほど鮮やか。真空ジェシカの理屈を飛び越えた(と思いきや突然現実に引き戻される瞬間に強烈な笑いを生み出す)やり方の後に、こんなにあるあるを盛り込んだネタで勝負できる強さが凄い。1本目は苗字ネタでこちらにあるあるを語りかけてくるような精神的距離の近さが魅力なネタだったが、2本目は彼等と同じものを自分達も見て育ったんだなと感じさせることで、同様に精神的距離の近さを演出する。この隣人感が彼等のアドバンテージだと私は考えている。
前年も1本目はしゃべくりで、2本目は漫才コントというスタイルだったので、そういう意味では今年も同様だった。そしてどちらもしっかり面白い。平場では魔王の風格を出しながら、実際ネタをやれば愛嬌たっぷりのネタをやってくれるのが彼等の良い所。優勝も納得の面白さだった。結局魔王を倒すことができなかったのは残念だが…。自分はやはり真空ジェシカの世界観が好きだったので、悔しい。
最終決戦2組目:バッテリィズ
ダークホースのバッテリィズはまたもエースのキャラを活かしたおバカネタ。思えば彼等は去年の敗者復活戦でも積み立てNISAを積み立てニーサンというようなネタを披露しており、やはりこのスタイルが彼等の軸なのだろう。ただ、個人的には他2組がスタイルを変えてきた中での直球勝負だったので物足りなくなってしまった。だが、その突き抜けた作風こそ魔王を倒す切り札と成り得る力だったのだと思うと、惜しくも手が届かなかったのは本当に辛い。
おそらく一昨年のウエストランドのように、順番がうまく転がれば優勝もあったと思う。最終決戦では3組目を選んでいたが、むしろ1組目に出て、会場の空気が漫才コントに持っていかれないうち、バッテリィズ1本目の印象がまだ強いうちに出てきていれば、状況は少し違ったはずだ。もちろんないものねだりをしても意味はないのだけれど…。とにかくダークホースとして魔王から一時冠を奪ったバッテリィズの健闘は素直に讃えたい。自分が全くハマらなかったコンビが尋常でない活躍を見せる時があるからこそ、M-1グランプリ決勝は面白いのだ。
最後に
自分の知人にM-1グランプリ決勝だけを観て、ネタのダメ出しや人間性の評価をする人がいる。きっと私も数年前まではそうだった。だが、今になると分かる。それがどれほど失礼で醜いことだったのか。
M-1の漫才は言わば面接のようなもので、彼等は4分で自分の実力をとにかく出し切る。1年以上を掛けて洗練されていったネタを尺に収め、うまく間を取り、噛まないように、表情や佇まいや動きを何度も修正した上で決勝という舞台に臨む。そしてお笑いはあくまで人の感性に拠るものであるため、人となりをネタで判断することなど到底できない。
更に言うと、自分が面白さをよく分からなかったコンビがいても、M-1後に段々とその良さが見えてくるようなことがある。私は2023年の決勝でのダンビラムーチョに一切魅力を感じず、微塵も面白いと思わなかった。しかし、野球選手にその場でサインを求める大原の失礼さが平場でイジられ、原田フニャオのキャラクターがどんどん明るみに出ていくうちに大好きになり、今年のキングオブコントでは一番面白いと思えるほどになった。そして今年の敗者復活戦で披露したネタも凄まじく面白かった。正直、ダンビラムーチョが今年蛾の顔をして決勝に来てもおかしくなかったと思っている。
何が言いたいかというと、M-1決勝を「点」で捉えてほしくないということだ。コンテンツがありふれた時代にこれを観ろあれを聴けと一々人に言うことはできないけれど、自分はお笑いにのめり込むことでたくさんの芸人を知り、たくさんの芸人を好きになることができた。ネタは面白いと思えなくてもトークがとにかく軽快な人もいるし、その逆もいる。ハマる瞬間というのは人それぞれで、M-1は出場者にとっては優勝を目指すという意味でゴールなのかもしれないが、視聴者である人にとってはそうではない。M-1で出てきたネタや偶然生まれた面白い場面を、この後たくさんの芸人が舞台や配信や番組で擦り倒していくだろう。今年ならジョックロックの大股開きツッコミや令和ロマンの「終わらせましょう」辺りだろうか。芸人達は目敏く面白い部分を引っ張ってきて、自分のものにしていく。そう、M-1は「面」で捉えるべきものなのである。M-1はゴールではなく、状況によっては何かが生まれるスタート地点でもあるのだ。そのことに気付かせてくれたのは、とにかくいろんな芸人のネタをパクり、イジる、真空ジェシカである。
芸人というと、しっかりとしたエピソードトーク、洗練されたネタ、体を張ったコメディアンという印象しか持っていなかった自分が、それはあくまでテレビ等での姿だと知り、舞台などではもっと軽快でアホみたいなことを平気でやっているのだと知ることができたのは間違いなくM-1グランプリがあったためであり、結局令和ロマンの2連覇を止めることは誰にもできなかったが、そこから生まれるものはたくさんある。誰が優勝したかなんて、お笑いにのめり込んでいけば些細な問題になっていくのだ。誰かを面白いと感じ、毎週その芸人のラジオを聴き、YouTubeを観て、M-1という最大の舞台での活躍を応援する、優勝してほしいと願う。今年は自分の好きな真空ジェシカにとんでもないチャンスが訪れ、そしてそれがまだまだ翌年からも続きそうな予感に満ちているのが嬉しい。更に大好きなエバースや金魚番長もパワーアップしてくるだろう。これからの1年、そして来年のM-1グランプリ2025が楽しみで仕方ない。
ネタ紹介
好きだからぜひ観てほしい以上の思いはないのだが、決勝進出者をはじめとしたぜひ観てほしいネタ動画をひたすら置いておく。
まずはやはり3回戦の真空ジェシカ。彼等が好きな人ならハマるはず。
同時にモグライダー芝さんの面白い姿も見られるのでぜひ。
続いてエバースの3回戦ネタ。
自分はこっちを決勝でやってクロスドミナンスがトレンド入りする…みたいなことをうっすら以前から考えていた。こちらも堅実な面白さ。
エバースはこのネタも最高。
敗者復活でマユリカに負けてしまったものの、金魚番長が来年は絶対決勝に来ると思っているのでぜひ観てほしい。