【随時更新】ドラマ『海のはじまり』感想

村瀬健プロデューサーで生方美久脚本で風間大樹監督が参加していて目黒蓮が出演しているとくれば、『silent』を抜きにして考えろというほうが無理である。自分も放送当時『silent』の展開や演出にかなり唸らされ感動させられた身なので、否が応でも期待は高まっていた。目黒蓮有村架純は映画『月の満ち欠け』で共演済み。あの映画とは2人の関係が異なるものの、予告の時点でどこか懐かしさを覚える。また、古川琴音の演技力も圧巻で、既に死亡しているキャラクターということが惜しいくらいに魅力的。今作は「親子」を軸にした物語のようだが、風間監督らしい青を際立たせる演出が、どこか切なさや儚さを感じさせてくれる。

 

 

 

第1話

『海のはじまり』は座組の時点で『silent』を意識させてくれるドラマなのだが、実際に1話を観てみると本当に『silent』だった。まるで続編を観ているのかと思ってしまうほどに精神性が似通っている。似通っているというか、同じ座組で作っているのでそれは必然でもあると思うのだけれども。学生時代に自分の元を去った恋人が実は…という話運びが既に『silent』のそれだし、要所要所でイヤホンや動画など、『silent』でも重要な要素として扱われていたものが今回も登場するので、かなり既視感を覚えてしまう。これは逆に言えば『silent』がとにかく好きな人には堪らないだろう。『silent』のスタッフが送ると聞いてピンときた人にとっては、正に観たかったものを堪能できる作品であるとも言える。確かに、自分も1話からかなり面白いと思った。明らかに他のドラマとは一線を画していて、間の取り方や画面の色合いなど、とにかく映画的で思わず目が釘付けになってしまうのだ。まして放送時間拡大なんてされたら、それこそもう映画である。こんなにしっとりした作品が夏の月9だなんて…。数年前なら信じられなかったかもしれない。夏の月9と言えばとにかくサーフィンとかバーベキューとか花火とか、そういう風物詩と「陽」のイメージがあるのだ。それに対して『海のはじまり』はタイトルにまで「海」がついているし、主人公の名前は「夏」でその娘が「海」だけれど、ドラマの内容自体は、岸辺や砂浜ではなく、深い海底を連想させてくるほどに重苦しい。

 

放送開始前には「妊娠させた男が主人公の物語なんて観たくない」なんていう声もあったそうだが、この設定はおそらく意図的なのだろう。1話の序盤、月岡は曖昧な返事を恋人の弥生(有村架純)に突っ込まれ、回想シーンでも水季(古川琴音)にイジられていた。そう、主人公の月岡はとにかく優柔不断な男なのだ。恋人の妊娠を知った時に、その恐怖や不安に寄り添う優しさは持っている。突然電話で別れを言い渡された時にも、激昂せず焦らず、相手の意見を尊重することができる。しかし、それは優柔不断さの裏返しでもあるように見えた。月岡は自分で何かを決めることに対して消極的であり、人の意見に寄り添うことはできても、自分の意志が薄い人間なのかもしれない。そしてそれは、うだつの上がらない返事にも表れており、「海のはじまり」という至極曖昧なタイトルにも呼応している。突然存在が発覚した娘の海、その人生をリスタートさせるのは父親の月岡以外ありえない。と同時に、優柔不断だった彼が娘という大きな存在を背負って様々な困難にぶつかっていく物語なのだろうなあという印象を受けた。第1話は正直、HPのあらすじ以上のことは起きていないように思うので、物語がここからどう動くのかに期待したい。月岡はかなり意志の薄い人間であるように見受けられたけれども、これが物語に織り込み済みなのか、それとも視聴者である自分にそう見えてしまっただけなのか。それは次回、弥生に海の存在を話すことで明かされていくだろう。

 

1話の全体的な感想としては、とにかく重かった。題材はもちろんのこと、突然の知らせに戸惑う月岡の心情が視聴者の感情とリンクし、同時に、事情も知らずやり場のない怒りをぶつけてくる津野や水季の母を理不尽に思ってしまう。月岡を責めるべきではないと頭では理解していながらも、感情を溢れさせてしまう水季の母を演じた大竹しのぶが圧巻だった。確かに周りからすれば月岡は最低の男であるが、同時にこれが水季の選んだ道だということも理解している。このような屈折した感情を全員が持っており、そしてそれをどうすればいいのか分からないという重苦しさが、画面を通じて強く伝わってくるのだ。そして、主人公の月岡は遺族に寄り添う優しさはあっても、海を引き取ると簡単に言うことはできない。だが、一人で自宅を訪ねて来た海とのやり取りの中で、彼は水季との思い出を噛み締め、そして水季の「夏が来るまで冬眠」という言葉に、自分を重ね合わせてしまう。この辺りのワードセンスはさすが生方脚本である。海を演じる泉谷星奈の天真爛漫さがギリギリ救いとなっているのもいい。大人たちのぎこちない関係性が描かれる中で、彼女の明るさに月岡だけでなく視聴者も救われるのだ。

 

また、風間監督お得意の青を基調とした画面作りも、初回から飛ばしすぎなくらいに際立っていた。登場人物の服装までもが青、青、青。月岡の実家のテーブルに置いてあったお弁当セット一式が全部青かったのには思わず笑ってしまった。安易に雨を降らせたりということをせず、色調の微細な変化で心模様を表現するのはさすがの手腕。最近公開された風間監督の映画『バジーノイズ』もかなり画面が青い映画だったが、今作もそれに負けず劣らず青い。『バジーノイズ』では青春としても表現されていた青が、今作では重苦しさの表現に一役買っている。

 

脚本での言葉選びは、正に生方脚本。『silent』の時も思ったが、何気ない言葉選びが本当に達者な方だなと感じた。かなり凝った比喩表現をするでもなく、日常とそう離れていないような柔らかさで、心の隙間を埋めるような的確な表現をしてくれるのだ。序盤、月岡と弥生の家でのシーンの些細なやり取りでさえ、強いリアリティを放っている。コメディチックになるでもなく、状況や設定の説明をするでもなく、ただ何気ない時間、誰かの時間を少しだけ切り取ったような描写がとても心地いい。きっとこれからこの雰囲気に何度も泣かされるんだろうなあという確信を持つことができた。

 

『silent』では聴覚障害の観点を交えて男女の三角関係を描いていたが、今作は「家族愛」がコンセプトのよう。それは第1話のあらすじからも明らかだが、自分は優柔不断な主人公・月岡の成長に期待している。そして彼が決断を下す時や、もし間違った道を進む時、彼の家族や彼を支える人々は一体どうするのか…という群像劇にも注目したい。特に池松壮亮演じる津野である。水季の元同僚で、おそらくは水季に恋心を抱いていた男。そして娘の海の面倒も見ていたであろう、水季と近しい存在でもある。そんな彼が突然現れた月岡に対しどのように振舞うのか。1話の時点で怒りを隠せていなかったが、『silent』の湊斗のように魅力的なキャラクターに育ってほしい。