『勝手にしやがれ!!逆転計画』感想

勝手にしやがれ!! 逆転計画 [DVD]

 

 

黒沢清のコメディドラマシリーズ、4作目の『勝手にしやがれ!!逆転計画』は、過去3作と比べると少し異色の内容かもしれない。脚本に塩田明彦の名前がクレジットされており、1作目以降久々に共作となっているのだが、その影響もあってかこの作品には1つのテーマが感じられる。それが「運」だ。今回雄次達をはじめとしたキャラクターは皆、運に翻弄されることとなる。ギャンブルの運や巡り合わせの運。行き当たりばったりな展開とも言えるのだがそれすらもテーマを包括しているようで、過去3作とは少し違った趣となっていた。

 

今作も1作目と同様、哀川翔演じる雄次の一目惚れから物語が始まる。相手はたばこ屋の娘で、雄次は彼女を口説き落とそうと躍起になるのだ。1作目の時も突然『初恋』という本を読んだり女性の生き方に寄り添うためにタバコを即捨てたりするなどの微笑ましい行動が見られたが、今回もたばこ屋に足繁く通い詰める可愛らしい姿を堪能することができる。一方で雄次が運に見放されているというストーリーも展開され、明瞭なテーマが存在する分、コメディのクオリティも上がっているように感じた。冒頭、麻雀で負け続けるだけでもう面白い。その後、耕作が持ってきた福引き券で雄次は1等のウォークマンを当てるが、耕作は特賞のハワイ旅行を引き当てる。しかもハワイに男2人で行こうと提案してくる耕作。この2人の関係は一体何なんだろう。何にしても、とにかく良きコンビである。

 

そして英会話を学びたいというたばこ屋の娘・サツキにウォークマンを貸すことで距離を縮める雄次。それまでは素っ気ない態度を取っていた彼女と公園で散歩できるくらいの仲へと発展し、観ているこちらも思わず応援してしまう。しかし、ある日ふとたばこ屋を訪れると、店前にはサツキの父親が。サツキがいないことに肩を落とし帰ろうとする雄次だったが、競馬に没頭する父親の不思議なペースに呑み込まれ、ヤマカンで全財産を注ぎ込み馬券を購入。途方に暮れる雄次の前でどう見てもカタギではない男が突然倒れ、しかも彼の手には1000万円の入ったスーツケースが。これは僥倖とばかりに雄次はスーツケースを持ち去る。この唐突さ、行き当たりばったり感が最高だった。

 

早速その1000万でサツキを口説き落とそうとする雄次。耕作が留守の隙に置き手紙まで書いて高跳びしようとする。しかしスーツケースの持ち主である黒川に見つかり、やむなく1000万を返すことになるのだが、家に帰るとスーツケースが消えている。入れ違いに雄次の家を訪ねたサツキの父親が、勝手に金を持ち出していたのだ。こいつらの倫理観は一体どうなっているのか。しかも最初は父を諌めていたサツキでさえ、1000万を元手に競馬で増やすという父親の話に唆され、その気になってしまう。本当にクズしか出てこなくて清々しい。金を失った黒川はなんと出来て1ヶ月の組の唯一のメンバーで、実質組長であった。他の組との取引には1000万が欠かせないが、金が消えたとあってはどうしようもない。雄次と耕作も引き連れて相手に事情を話しに行くものの、当然そう簡単に理解してもらうことはできなかった。

 

その後、たばこ屋でスーツケースを持ったサツキ親子を目撃する雄次達。事情を知り、既に1000万が競馬に使われてしまったことに絶望するが、一旦は結果待ち。しかしラジオで実況を聴くと、サツキが選んだその馬はレースの最後に落馬していた。最初の実況の時もそうだが、特に誰かが騒ぐでもなく淡々と実況のラジオで結果が分かる演出が良い。

 

サツキ達はスーツケースを持っているとこを黒川の取引先に見られていたようで、ヤクザの魔の手がサツキ達に迫る。一旦雄次達の自宅に隠れることになったが、サツキの父親は寝ている耕作のポケットに当たり馬券が入っているのを見つける。ここでトイレから出てきたサツキの父親が干してある服や寝ている耕作で手を拭くシーンでめちゃくちゃ笑ってしまった。失礼にもほどがある。そしてその当たり馬券を勝手に現金に換えるが、偶然にも黒川に出くわし、1000万を奪われてしまう。しかも金を取られた途端に黒川の取引先に見つかり、身柄を拘束される。このナンセンスコメディ感、タイミングの悪さから生まれるボタンのかけ違いが素晴らしい。先にこいつらに見つかっていれば事なきを得たというのに…。サツキの父を助けるため、金も武器もないが指定された場所に向かう雄次達。基本は臆病だし弱いしすぐ逃げ出すのに、誰かが危険に晒されたとなると後先考えず相手に突っ込んでいくのは雄次のいつものパターン。そしてそんな雄次が本当にかっこいいんだよな。

 

ここでサツキの父親が撃たれ、サツキが駆け寄るシーン。横からのカットなのが斬新というか、すごく黒沢清的だなと感じた。大体こういうのは正面からのカットだと思う。そもそも家族が撃たれたからといって、銃を持った相手に向かっていくというのも不自然だけれど。ただ、こういう独特なカットの数々にやはりセンスを感じてしまう。突然流れる音楽もあってなかなかドラマチックにはなっているのだが、自分の脳内のレパートリーには存在しない部分を刺激してくれるのだ。その後、死を待つだけの彼等の元に黒川が現れ、組員を一掃する。ここの黒川と雄次のシーンがハードボイルド的でかなりかっこいい。まあそもそも雄次が1000万を勝手に奪ったのが悪いのだけれど。それすらもあっさり許し「忘れろ」とだけ言って去ろうとする漢気。そこで車のギアを入れ間違えていきなりバックしてしまうところも含めて、黒川はかなり魅力的なキャラクターだった。

 

結局、サツキと父親は耕作からハワイ旅行をプレゼントされ、現地のペリカンレースで大金を手に入れてアメリカから帰ってこなかったよう。雄次の恋はまたも儚く終わってしまう。2作目『脱出計画』でのボディガードもそうだったが、このシリーズは堅気でない善人の描き方が絶妙。1回きりのゲストキャラでも、ちゃんと死んだら惜しいと思わせてくれる魅力があるのだ。ゲストと言えば、皆勤賞の諏訪太朗。前回しっかりした役で出てきたのでもう終わりなのかなと思ったが、麻雀の相手としてガッツリ登場していた。その内輪感も楽しい。

 

ぐるぐると回る1000万の所在も面白いし、「運」というテーマをしっかりと持った物語なのも素晴らしい。側から見ると間抜けでもあるのだが、一人一人の倫理観の欠けたアホみたいな行動の連続がどんどん物語を加速させていく様に、大いに笑わせてもらった。どうやら次回も別の方が脚本に関わっているようなので、どんな化学反応が起きているか楽しみである。