『勝手にしやがれ!!強奪計画』感想

勝手にしやがれ!! 強奪計画 [DVD]

 

黒沢清作品を掘り進めている最中にぶち当たったのがこの『勝手にしやがれ!!』シリーズ。タイトルがゴダールの作品まんまで、ゴダール黒沢清にとってかなり影響を受けた作家なんだろうなあというのがよく分かる。とはいえ、中身のテイストは本家『勝手にしやがれ』とは全く異なるし、これ以前、そしてこれ以降の陰鬱で難解な黒沢清からは考えられないほどコメディチックになっている。OVA哀川翔主演と聞くと往年のVシネ任侠映画の印象が強いが、この作品はバイオレンス成分がかなり控えめで出てくるヤクザもどこか愛嬌があるのだ。そしてまあ何より、凄く面白い。黒沢清ってこういう味付けの作品もいけるんだという気付きがあった。人物のアップが極端に少なかったりと、いつもの黒沢節は相変わらずなのに不穏さがまるでない。ブツの受け取りのシーンなんて夜闇の中だし登場する警備員が川北後光まで出してるのに、主演の2人が柱の陰に隠れられてない辺りで面白味を出してくるのだ。ホラー作家としての肩書きが大きくなってしまったけれども、こんなに笑える作品も撮れるだなんて、才能が恐ろしい。

 

主役の雄次を演じるのは哀川翔。相棒の耕作は前田耕陽。そして大杉漣洞口依子諏訪太朗などなど、黒沢清の過去作に出演したキャストもインパクトの強いキャラクターを演じている。雄次と耕作は便利屋らしいが、これも本編では普段どんな仕事を請け負っているのかは分からない。その時々に由美子から危ない仕事をもらってくるような感じなのだろうか。その滅茶苦茶さも愛しいが、何と言っても物語のスタートが雄次の保母さんへの恋で始まるというのが面白い。ヤクザに追われてボコボコにされた雄次をなぜか自分で介抱してしまう涼子。いや普通救急車呼ぶだろ…というのは置いといて。そんな涼子に雄次は一目惚れをしてしまう。耕作のホステスとの結婚報告さえも上の空で、『初恋』なんてタイトルの本をいきなり読み始める雄次。幼稚園にまで出向いてプレゼントをするものの、涼子には拒絶される。そこで涼子が保母という仕事にかける熱意に感動した彼は、自分の生き方を変えるためにエロ本や煙草を捨て、彼女に相応しい男になろうと決意する。この潔さと思いきりの良さに笑えてしまうのだけれど、雄次の純粋さをしっかりと示していてどこか深みさえも感じるのだ。一気にこの主人公を好きになってしまう。しかし、耕作が連れてきた結婚相手のキャバ嬢はまさかの涼子。彼女への想いを引きずりながらも、失恋だとは認識したようで捨てた煙草をゴミ捨て場から漁るのには笑った。

 

涼子がキャバクラ勤めをしている理由は父の手術費3000万円を工面するため。耕作はフラれ、雄次も今のところ赤の他人でしかないのに涼子に協力しようとする2人。そこに涼子の父を誤診してしまった元医者の松浦まで加わって、状況は更に変化していく。自分の婚約者が兄貴分の恋の相手だっていうのに「フラれちゃったんですよ」で終わらせる耕作の器の大きさに感心するし、だからと言って執拗なアピールを再開するわけでもない雄次の漢気もいい。強面男が恋した女性に振り回される物語の典型ではあるのだけれど、手つきに湿度を感じないというか。作品全体にジメジメしたところがないのが好印象。一人の女性のためにとにかく3000万円を工面しようと男3人が奮闘する物語というだけ分かっていれば充分という、黒沢清作品にしては分かりやすすぎる物語展開が逆に新鮮だった。

 

惚れた涼子に一度は迫ったものの、事情を知ってからは態度を改めてサポートに徹する雄次の姿勢がとにかく素晴らしい。恋心自体はずっと抱いていて、ラストに手紙を破り捨ててその恋を終わらせたということなのだろうけれども、そのひた向きさがとにかく眩しいのだ。涼子がキャバクラで働いているという噂を聞いた同僚の保母に対して凄みを利かせるシーンなどから、とにかく一途な男なんだなというのが伝わってくる。この人間味が演出からも脚本からもとにかく増していくばかりで、自分の周りにもこういう人がいたらいいなあと思わせてくれる見事なキャラクター造形。加えて元医者の松浦のキャラも最高だった。「自分が誤診しなければ…」という後悔が彼を突き動かし、とにかく涼子のためなら何でもやるという姿勢。そのせいで純白のスーツに身を包み、借金の取り立てまで行う羽目になってしまう。慣れない口調で人を脅して「で、どうすればいいんですか?」と雄次に尋ねるくだりは最高だった。キャストの中でもかなり背が高くシュッとして見えるのに、こういう三枚目的な役回りに徹しているのがいい。更に言うと、かなり実直に生きてきたんだろうなという品の良さがうかがえる。それがどんどん空回りしていくのが、申し訳ないながら面白いのだ。

 

ヤクザ役を演じた國村準も最高。この映画におけるバイオレンス部分を担う役柄で、黒沢清お馴染みの銃も所持しているし、逃げようとする松浦をボコボコにするシーンまであるのだが、5000万もする薬物を自分で投げろと命じたくせにキャッチできず、海に落としてしまう。このくだらなさにゲラゲラ笑ってしまった。ようやくダークなキャラクターが出てきたと思ったらお前もなのかよ!と。2回目の受け渡しでは落とさないように謎のピタゴラスイッチ的なレールを作ってたのもマジで最高。こういうのをこれ見よがしに出すのではなくて、自然なやり取りの中で魅せてくれる演出がかなり好きだった。現代の日本ドラマだと演出で過剰に笑わせにくるような演出がキツい時があるので、黒沢清の自然な手つきで次々と笑いを取りにくる姿勢がかなりツボだった。大袈裟感がないというか、ギャグがちゃんとキャラクターから生まれてるものであるように見える。作り手の誇張が出てこない感じ。コメディとしての輪郭がしっかりしてる上で、その演出に誇張がない。正に自分好みのテイストの作品で、80分という時間もちょうどよかった。國村準に関しては、ラスト自首していたのもちょっと深みがあって好き。

 

薬物の金額に目が眩んでカマンベールチーズと取り換えてしまう涼子も面白かったし、外のシーンでわざとらしいくらいにゴミ袋や段ボールの山が置いてあって、案の定そこに倒れるのも、「待ってました!」的な良さがある。大杉漣が別で仕事を請け負っていて女装してるのも最高。こういう形でポイントの高い演技や演出が続き、気付けば作品の世界観にどっぷりと浸かっているのだ。オチは涼子と松浦がロサンゼルスへ立ち、手術費の3000万円も松浦の親戚から手に入れられたという元も子もないものなのだが、やはり涼子からの手紙を破り捨てる雄次の哀愁漂うシーンが忘れられない。そして流れる『森のくまさん』のデュエットに大感動。歌詞も少し違うしとにかく愛おしい。

 

こんなに面白い作品がまだ5作もあるというのだから驚きだ。しかもサブスクで簡単に観ることができるなんて。あらすじを読む限り、毎回ゲストの女性に振り回されるという形なのだろうか。いやあ楽しみである。