映画『ONE PIECE FILM RED』評価・ネタバレ感想! 『ONE PIECE』らしくなさと一流アーティストの融合

ONE PIECE FILM RED (ジャンプジェイブックスDIGITAL)

 

度肝を抜かれた『STAMPEDE』からもう3年かあと、時間の経過をやけに早く感じてしまう。尾田栄一郎監修の下に作られる映画も気付けば5作目。しかも原作1話から登場していながら、その正体も出自も実力も全く謎に包まれているシャンクスを軸に据えた物語というのだから、楽しみにしないはずがない。

 

大河ドラマ的な趣の強いONE PIECEは、オリジナルの劇場版で公開できるレベルの情報なんて限られてると分かっている。新キャラのウタがシャンクスの娘でルフィとも仲良しと言われても、「実の娘なわけないだろ」と思ってしまうし、その出自が映画の根幹になるのだろうなと。それでもやはり、ファンを喜ばせるために様々な話題作りを仕掛けてくる尾田先生達スタッフ陣には頭が上がらない。

 

個人的にAdoをちょうど聴いていた時期だったので、キャスト発表には驚かされた。大人気声優の津田健次郎も、今後重要なキャラクターに声を当てると思っていただけに、まさかの劇場版ゲストと知ってびっくり。しかし何より、お馴染みとなっている「極悪」キャラがいないことが、1番のサプライズだった。

何か続報があるのかと待っていたものの、やはりウタをメインで宣伝してくる姿勢に、何となく物語の予想はついてしまう。ただ、「ONE PIECEでそれをやるのか?」という戸惑いもあった。

 

 

 

 

結果的には私の予想はピタリと当たる形になる。映画や漫画に多少なりとも触れている人間なら親の顔よりも見た「辛い現実なんて忘れて楽しいことしかない夢の世界で生きていこう」というストーリーライン。ただ、『ONE PIECE』らしくはない。『ONE PIECE』といえば、市民を虐げ自分の利益のために平気で他人を利用する巨悪を、ルフィ達が打ち破っていく王道ストーリーがキモだ。それゆえに「悪の格」を上げ、「悪らしさ」を丁寧に積み上げていくことが、悪役の課題となっていく。それと少し外れて同情の余地を残したドフラミンゴなんかは、ファンの間でも「他の悪役とは違う」と言われることが多い。

 

しかし今回は力と野望を持った巨悪ではなく、人々を幸せに導こうとする少女が敵となる。原作には登場しなかったオリジナルヒロインというのは、少年漫画のアニメ映画では最早お馴染みと言ってもいいだろう。しかし、既に二桁を超える映画が作られている『ONE PIECE』では、意外とそのパターンは少ない。

ONE PIECE』の王道を敢えて踏み外し、音楽性と感動エピソードに集中した風変わりな作りは、ファンの間でも物議を醸す『オマツリ男爵』のノリに最も近いかもしれない。「面白い」けど、『ONE PIECE』とはちょっと違う。原作が最終章に突入する直前で公開した『RED』は、そんな歪なバランスの物語になっていた。

 

 

 

 

正直私としても期待してたのは『STAMPEDE』側の映画で。映画ならではの勢いある物語を観たいという思いだったので、若干の肩透かし感はある。冒頭の『新時代』ライブからウタの狂気が明かされるまでは、正直退屈な気持ちもあった。

その原因というのが、『ONE PIECE』でお馴染みの「わちゃわちゃ感」が圧倒的に足りてないことである。原作では敵の部下にも細かい個性が持たされ、麦わらの一味はボケとツッコミをとにかく繰り返す。シリアスな流れの中でも、そうしてキャラの個性を活かし、ユーモアを忘れないのが『ONE PIECE』の作風だ。それ故にセリフが増え、悪ノリも増え、「読みづらい」とまで言われてしまっているが、それは連載当初と比べての話。確かに無駄なボケやノリも多いものの、それが史上最高部数を突破した作品だからこそできる「おふざけ」と思うと、感慨深いものがある。

 

しかし『RED』からは、そうしたノリが削ぎ落されていたように思えた。いや、どちらかというと、そのノリに「手をつけていない」ニュアンスである。おそらく作り手も無意識な部分なのだろう。『ONE PIECE』特有のわちゃわちゃした感じ、麦わらの一味がとにかく喋りまくり、リアクションしまくるというノリが圧倒的に足りていないのだ。最初にエレジアに辿り着いた時も、ウタとの会話でも。もっと10人が個性を出す掛け合いをしてもよさそうなものなのに、必要最低限の台詞しか発さない。もしかしたら比較的暗めなお話ということで、そこを抑えたのかもしれないが…。正直言うとやはり『ONE PIECE』を感じづらい作品にはなってしまっている。

 

その持ち味を「違和感」と受け取るか「新鮮」と捉えるかが、この映画を楽しめる分かれ目ではないだろうか。試写会の時点でかなりネガティブな意見もあったと耳にしたのだが、ここまでの超大作になった作品。読者の層も幅広いはずで、求められるものも「痛快娯楽作」だろう。まして「ONE PIECE FILM」はその痛快さをずっと提示してきたし、原作でも最終的にはルフィが巨悪を「ぶっ飛ばす」気持ちよさが醍醐味だった。それと趣の異なる、「平和を願う少女の哀しい狂気」を目にした時、不満が漏れるのは仕方のないことでもあると思う。

 

 

 

 

感心したのはそこに自覚的な上で様々に繰り広げられたプロモーションである。Adoをウタの歌唱声優として起用し、ウタをVtuberのようにしてYouTube等でアプローチを重ね、「シャンクスの娘」という決定的な”引き”を作り、地上波の音楽番組にまで登場させる。Vtuberの人気が高まり不祥事まで起こすようになった時代で、トップ漫画作品がそうした宣伝を行い、広い客層にアプローチしようとしていたことに感動したのだが…。

製作陣はウタの狂気を知りつつ「ウタを好きになってもらおう」と様々に仕掛けを施していたのかと思うと、本当に性格が悪い(ほめてます)。事前にウタの魅力にハマること自体が、映画とリンクする構造になっていることに気付き、とにかく作品以上にその周辺について、唸らされることが多かった。それは音楽面が最も強い。流行りのアーティストをほとんど知らない私でも、何度かは耳にしているクリエイター達が勢揃い。それぞれが楽曲提供を行い、少しずつ公開していく。ウタの持ち歌として映画でも披露されるそれらは、劇場で聴くことで更に感動を呼び寄せてくれる。

 

また公開前に死ぬほど聴いた『新時代』さえも、映画を観た後だと歌詞の意味が違って聞こえるから凄いものである。他の曲も同様で、実はウタの心情を正確に表しているのだということが分かる。「世界中全部 変えてしまえば」という歌詞に込められた祈りと狂気が、映画の良さと楽曲の良さを何重にも引き出していく構造。パンフレットを読むと谷口監督がとにかく楽曲やアーティストにこだわっていたようなのだが、それが結果的に素晴らしいものになっている。

 

総じて言うと『ONE PIECE』らしさはなく、かといって狂気に振り切るわけでもなく、多少中途半端な印象を受けてしまった。突き抜けた爽快感を求めていたこともあり、しんみりする物語に若干肩透かしを食らったのも事実である。

だが、「かわいいキャラを出そう」と考えて、サニー号をマスコットキャラクター化したサニーくんなる存在を出したことは本当に素晴らしい。サニーくん、今後も何らかの形で出続けてほしい。そしてミニブルーノ。そもそもルフィ達が覇気を習得し、たくさんの「強キャラ」たちが次々に登場する中で、ドアドアの実の能力の使い勝手の良さだけでブルーノが映画にしっかり出ているのが本当に最高。潜入捜査はお手の物だからライブに潜り込むのもわけはないのだが、ブルーノまでデフォルメ化してマスコットキャラクターにするのはさすがにヤバい。サニーくんは監督のアイデアらしいが、ブルーノもそうなのだろうか。正直ブルーノを可愛くしようとする意見の方が、ウタよりも狂気を感じる。

 

 

 

 

何よりやはりシャンクスである。原作の1話から登場していながら、「左腕を金塊の主に食われる」「四皇」「覇気使い」「ロジャーの船に乗っていた」以上の情報がなく、とにかく謎に包まれた存在。『ONE PIECE』を読んでいない人でも知っているほど有名なキャラクターながら、シャンクスのことはほとんど明かされていないのだ。

過去ゲーム等で何度もボスキャラ化されていながら、その技が全く不明なため、「失せろ」を必殺技としてきたシャンクスに、ファンなら心当たりがあるはずだ。それが覇気だと判明した今でも、やはりシャンクスについては情報が乏しい。

 

そんなシャンクスを筆頭とした赤髪海賊団の戦闘シーンが観られる貴重な作品がこの『RED』だ。最後のシーンではあるが、ヤソップとウソップがリンクする展開はアツい。ラッキー・ルウってそんなチョウジの肉弾戦車みたいな技で戦うんだ、とか、そういう驚きもあった。映画を観て40億巻を読むと、尾田先生からの細かい指示が書かれており、今後原作でも活躍するのではないかとワクワクしてしまう。まだシャンクスたちのことが謎に包まれている今だからこその、ライブ感的映画でもあるのだろう。

 

麦わらの一味の活躍が乏しく、ルフィとウタの関係性も、ちょっと薄味。シャンクスの娘という一点に物語が凝縮されてしまい、シャンクスのかっこよさこそ引き立っているものの、やはり感情があまり刺激されないのが残念だった。40億巻を読むと、尾田先生はウタの考え方の変遷に対してしっかり構想を練っていたようなので、監督や脚本家が意図的に削った部分が悪い方向に作用してしまったのかなという思いは残る。正直に言うと「ウタを好きになる」ほど、映画にのめり込めなかったのだ。

 

シャンクスと一緒に居た頃のウタの話が特典には細かく書かれていたので、その要素をもっと活かせていれば、映画としての締まりもよかったかもしれない。『ONE PIECE』以外で何度も観たお決まりの展開だからこそ、それを『ONE PIECE』の世界観にうまく組み込んでほしかったというのが本音である。

あくまで物語を優先させた結果『ONE PIECE』らしさが削がれ、音楽というテーマに集中したことで物語の面白さも中途半端にとどまってしまった感は否めない。それでもやはり赤髪海賊団のカッコよさにはシビれるし、暑い夏にジャンプ漫画の映画新作を観られるという醍醐味は充分に感じることができた。ライブコスチュームやパンクコスチュームに身を包む麦わらの一味も良い。

 

もっといけただろうという思いも残るが、やはり『ONE PIECE FILM』なりの楽しさはあったので、それなりに満足である。